四大公害訴訟(読み)よんだいこうがいそしょう

百科事典マイペディア 「四大公害訴訟」の意味・わかりやすい解説

四大公害訴訟【よんだいこうがいそしょう】

イタイイタイ病事件,水俣病事件,新潟水俣病事件,四日市公害事件四日市喘息)の四大公害に関連して,患者とその家族・遺族が公害の原因とみなされる企業を相手に起こした訴訟。四大公害訴訟では,いずれも原告・住民側が勝訴しており,主な争点となっていた因果関係の科学的解明については,それに証明を求める被告側(企業)の主張が一様に退けられ,または被害者の早期救済を重視して疫学的手法が支持されているのが特徴的である。とくに四日市公害訴訟判決で工場立地の際に行政が事前に総合的な環境影響調査をしなかった責任を問われたことは,環境破壊未然に防止する手法の必要性を浮き彫りにした。環境庁は四大公害裁判の判決を踏まえて,米国の国家環境政策法にならい環境アセスメントの法制化に取り組むことになった。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「四大公害訴訟」の解説

四大公害訴訟
よんだいこうがいそしょう

健康生命に甚大な被害を及ぼした阿賀野川水銀中毒事件・四日市喘息(ぜんそく)・富山イタイイタイ病・熊本水俣病にかかわる損害賠償請求訴訟。1967年(昭和42)から69年にかけて提訴され,71年から73年の間にいずれも原告患者側が勝訴。日本の公害史上画期的な判決だが,賠償金額は低く,害された健康は元に戻るわけではない。四大公害訴訟の過程で「公害は予防こそ大切」という世論が形成され,公害・環境問題に大きな影響を与えた。

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世界大百科事典(旧版)内の四大公害訴訟の言及

【公害】より

…63年から64年にかけて静岡県の三島・沼津地区で静岡県が計画した石油コンビナート建設に対し,地元の市民たちが,公害学習会を開き,反対運動を展開し,建設を中止させた。67年には新潟水俣病と四日市喘息,68年には富山県のイタイイタイ病,69年には熊本水俣病と,いわゆる〈四大公害訴訟〉が相次いで住民運動を中心にして提起された。またこのころ,横浜市新貨物線反対運動,富士市のへどろ公害反対運動,富士川火力発電所建設反対運動,大阪国際空港騒音反対運動などもそれぞれに活発になってきた。…

【公害裁判】より

… 公害の被害者が加害者である事業者等を相手に,損害賠償や被害発生の原因となる事業活動の全部または一部の差止めを求めて提起した訴訟についての民事裁判。これまでの事例では,しばしば被害者が多数にのぼり,訴訟が長期化し,一方では被害者に対する支援の運動を伴い社会問題化する傾向があった。このほか,公害を発生させた者の刑事責任を問う刑事裁判がある。 日本では,公害被害が深刻であり,死者を含む重大な健康被害を引き起こした事件が少なくない。…

※「四大公害訴訟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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