大学事典 「国際交流カリキュラム」の解説
国際交流カリキュラム
こくさいこうりゅうカリキュラム
curricular problems relative to international exchange
国際交流カリキュラムは,異文化理解という目的に特化したカリキュラムと,交流や留学の増加に伴い大学関係者に自覚化される通常のカリキュラム全般の問題点と可能性という二つの主題に大別できる。大学教育にとっては後者がより重要であるが,まず異文化理解を念頭においたカリキュラムについて述べる。
特定の大学(の連合)に所属する学生が,1年を上限とする期間他国で学修するには,送り出し大学を中心に現地の協力を得て効率よく企画されたプログラムが有効である。これには学期の開始前(たとえば夏休み)に開講する広義のオリエンテーションを行う場合と,1年にわたり,たとえばアメリカ文化研究ないしドイツ研究のプログラムとして,正規の科目として組織する場合とがある。両者とも言語の訓練を含め,留学先の文化や歴史,政治経済の実態等を過不足なく紹介するが,現地にいる利点を最大限生かし,さまざまな施設の見学や行事への参加を組み込むのが特長である。アメリカ合衆国の一流大学の多くは,こうした自前のプログラム(ときには施設)を世界各地に持ち自校生に便宜を図っているが,しばしば現地の人々と交わらず集団行動するため,「ゲットー」や「孤島」現象として批判の対象となる。
しかし,大学にとっては,国際交流がカリキュラム全般に突きつける問題がより重要である。大学の国際交流は,「相互理解」を超えた学問教育上の水準向上を前提としている。途上国の大学のみならず,たとえば合衆国の小規模リベラルアーツ・カレッジにも,世界の主要な大学との交流を通して,地域研究等を含む専門分野での研究大学に対する劣勢を挽回しようとする意図が見られる。大規模な大学でさえも,将来国境を越えビジネスに従事する学生等に,異文化の中での教育体験を与える意義を実感しつつある。また理工系の諸分野は内容(スコープ)面で文化的な制約が少なく,国を越えても比較が容易である利点を備えながら,各大学でカリキュラムが学年ごとにタイトに組まれ(シークエンス),交換留学には不向きとされてきた。しかし,たとえば日本の大学等からの海外派遣研究者数が,過去の20年間で3万人から16万5000人へと増加し,その半数近くが理工系である事実に照らすとき,学生時代の研鑽の一部を外国の大学で積むことの意義は無視しがたいであろう。
けれども,そうした目的や意義の実現を阻むカリキュラム上の障害は大きい。今,言語の壁は問題外として,たとえば日本史専攻の合衆国の大学生が留学のため母国で第2学年を修了した直後の5月末に来日し,1年間滞在するとしよう。到着時と翌年の離日時は,ともに日本では前期(1学期)の中途にあたる。完全な在籍と履修とが可能なのは,秋からの後期のみとなる。加えて,既習条件等により,その後期にも希望する科目の履修が不十分となり,入門科目のみで終わる公算は高い。こうした不都合は他分野の留学生にも共通し,在学期間の算定にも悪影響を及ぼして,4年間での卒業を脅かしかねない。既述のごとく,理工系では困難はとくに深刻である。他方,社会科学や専門職の分野では,個々の科目や科目群の内容も留学生の理解と帰国後の有用性を阻害する場合がある。
留学生の実態を熟知したバーバラ・バーン,B.B.は,早くも1980年に,アメリカ合衆国がもし専門教育や専門職教育レベルの留学生を多数受け入れ続けるつもりであれば,「彼らの受ける訓練が,帰国後の職務に多少とも役立ちうるのかどうか明確な判断をまず下すべきである」と警告している。たとえば,母国で教育計画や管理の職を目指すアフリカの学生たちには,合衆国の教育制度のみを前提とした科目はきわめて理解しにくいのみならず,帰国後の仕事にも役立たない。さりとて,アフリカの制度を前提とした組直しは担当教員の手に余るし,万が一実現しても,今度は合衆国の学生たちの側に理解とのちの実用性の点で困難が生じてしまう。
ではどのような解決策がありうるか。学期制等の枠組みの相互調整はもちろん不可欠であるが,現在合衆国で進行中の,留学を視野に入れた「カリキュラム統合」は,有力な運動である。そこでは,まず影響力の強い教員に科目や科目群の国際化への参画を呼びかける。上記の例にならえば,既存科目の,合衆国とアフリカの二つの教育制度を前提とする科目への転換である。担当教員の負担は軽減し,二つの前提の上で論を比較展開する科目は,アフリカ人・アメリカ人学生の双方に知的な刺激を与える。こうした方法はほかの多くの科目,科目群に応用可能である。さらに,こうした教員を交換留学先の実態の視察に派遣する。結果,学生の留学が後押しされ,他国を知る学生の増加で,科目,科目群ひいてはカリキュラムはますます国際化されるだろうという。カリキュラム統合の運動が成功すれば,21世紀の世界の大学の静かな革命の引き金となろう。
著者: 立川明
参考文献: 足立恭則「大学学部課程における海外留学の教育的価値とカリキュラムにおける位置づけ」,東洋英和女学院大学『人文・社会科学論集』28号,2010.
参考文献: Barbara B. Burn, Expanding the International Dimension of Higher Education, Jossey-Bass, 1980.
参考文献: Gayle A. Woodruff, Curriculum Integration: Where We Have Been and Where We Are Going, Office of International Programs, University of Minnesota, 2009.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報