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坪井 正五郎 ツボイ ショウゴロウ

20世紀日本人名事典の解説

坪井 正五郎
ツボイ ショウゴロウ

明治・大正期の人類学者,考古学者 東京帝大教授;東京人類学会会長。



生年
文久3年1月5日(1863年)

没年
大正2(1913)年5月26日

出生地
江戸・両国矢之倉(東京都中央区)

学歴〔年〕
帝大理科大学(現・東京大学理学部)動物学科〔明治19年〕卒,帝大大学院〔明治22年〕修了

学位〔年〕
理学博士

経歴
父は蘭方医の坪井信良。東大在学中の明治17年、東京の本郷弥生町で有坂紹蔵、白井光太郎らと弥生式土器を発見し、19年東京人類学会を設立。英国留学後、25年帝国大学理科大学(現・東京大学理学部)人類学教室の初代教授となる。29年東京人類学会会長。この間、足利古墳、埼玉吉見百穴、東京西ケ原貝塚、芝公園丸山古墳などを発掘調査し、わが国の人類学、考古学の開拓者となった。また日本原住民をめぐる論争で“コロボックル説”を唱え、解剖学者・小金井良精のアイヌ説と対立した。一方、研究室に出入りしていた林若樹らと“集古会”を作り、官学アカデミズムとは別の流れに位置する在野の趣味人・学者である清水晴風、山中共古らとも交流を持った。他にも三越の日比翁助が設立した流行研究会や、玩具好きの集まり・大供会の有力メンバーでもあった。大正2年欧米の学事視察に派遣され、ロシアのペテルブルクでの第5回万国学士院連合大会に日本代表として出席中に客死した。著書に「坪井正五郎集」(「日本考古学選集」2〜3)など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

坪井 正五郎 (つぼい しょうごろう)

生年月日:1863年1月5日
明治時代;大正時代の人類学者。コロボックル説を提唱
1913年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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