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小金井良精 こがねいよしきよ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小金井良精
こがねいよしきよ

[生]安政5(1858).12. 越後,長岡
[没]1944.10.16. 東京
解剖学者,人類学者。日本帝国学士院会員,東京大学名誉教授。東京医学校卒業後ドイツに留学 (1880) ,ストラスブールおよびベルリン大学において H.ワルダイエル教授に解剖学および組織学を学ぶ。帰国 (85) 後,母校の解剖学教授となり,日本解剖学会を創立 (93) 。 1888年からアイヌ骨格研究に取組み,日本石器時代人はアイヌ人であったとした。主論文『アイヌの自然人類学的研究』 (93,94) ,著書『日本石器時代住民』 (1904) ,論文集『人類学研究』 (26) ,『人類学研究続篇』 (58) 。

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デジタル大辞泉の解説

こがねい‐よしきよ〔こがねゐ‐〕【小金井良精】

[1859~1944]解剖学者・人類学者。新潟の生まれ。東大教授。日本の石器時代人やアイヌ人の骨格を研究、また近代解剖学の分野を開拓した。

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百科事典マイペディアの解説

小金井良精【こがねいよしきよ】

解剖学者,人類学者。新潟県長岡に生まれる。東大医科卒後ドイツへ留学。解剖学・組織学を学び,帰国後東大で日本人として初めて解剖学の本科の講義をもつ。アイヌの骨格の研究から人類学を追究,日本古代人とアイヌを結ぶ説を唱える。
→関連項目コロボックル

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小金井良精 こがねい-よしきよ

1859*-1944 明治-昭和時代前期の解剖学者,人類学者。
安政5年12月14日生まれ。森鴎外(おうがい)の妹喜美子の夫。星新一祖父。ドイツに留学後,明治19年帝国大学で日本人初の解剖学教授となる。また人類学を研究し,日本石器時代人はアイヌであると主張。縄文人抜歯風習も指摘した。昭和19年10月16日死去。87歳。越後(えちご)(新潟県)出身。東京大学卒。

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世界大百科事典 第2版の解説

こがねいよしきよ【小金井良精】

1858‐1944(安政5‐昭和19)
解剖学者,人類学者。新潟県長岡出身。1880年東京大学医学部を卒業。ドイツに留学し,86年東京大学医学部解剖学教授となる。留学中は感覚器の組織学を専攻したが,帰国後は骨学,人類学を専攻。88年と89年の夏,北海道を旅行し,アイヌの生体計測と骨格資料の収集を行った。その成果は,93‐94年に《東京帝国大学医学部紀要》第2冊第1,2編に独文で発表され,人類学における古典的文献のひとつとなっている。このアイヌ研究を基礎として,当時有力であった,日本石器時代人=コロボックル説を鋭く批判し,日本石器時代人=アイヌ説を唱道した。

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大辞林 第三版の解説

こがねいよしきよ【小金井良精】

1858~1944) 解剖学者・人類学者。新潟県生まれ。東大教授。アイヌや石器時代人の骨格を研究、日本石器時代人についてはアイヌ説を主張、また日本解剖学会を創設。妻の喜美子は森鷗外の妹。著「日本石器時代住民」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小金井良精
こがねいよしきよ
(1858―1944)

解剖学者、人類学者。越後(えちご)(新潟県)長岡藩の小金井良達と幸との間に生まれる。大学南校を経て1880年(明治13)に東京大学医学部を卒業、それより4年半、ドイツに留学して解剖学、組織学を学んだ。帰国後、日本人としては初代の東京大学解剖学教授となり、1893年に日本解剖学会を創設して、解剖学の発展に尽くした。
 人類学の分野では、主として縄文時代人およびアイヌの骨学的研究を行った。縄文人は日本の先住民であり、アイヌはその子孫であるという、いわゆるアイヌ先住民説を唱えたが、縄文人やアイヌは他のいかなる人種とも異なるとして、人種孤島説に到達した。日本人類学会の創設者坪井正五郎は、当時、縄文人がアイヌの伝説に登場するコロポックルであったと主張していたが、小金井は人骨の実証的研究によって、坪井説の誤りを証明した。現在、アイヌ先住民説は、多少の修正を要するものの、大筋においては正しいと考えられている。[埴原和郎]
『星新一著『祖父・小金井良精の記』(1974・河出書房新社/河出文庫、上下)』

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世界大百科事典内の小金井良精の言及

【アイヌ】より

…これはアイヌがホモ・サピエンスの原型に近い形態特徴を保持しており,人種分化の過程をあまり経ていないことを意味するのであろう。 北海道アイヌの骨格を最初に詳しく調査し,アイヌと本州縄文人とが互いに著しく類似することを発見した小金井良精は,アイヌが日本の縄文時代の先住民であり,のちに海外から渡来した日本人によって北へ追われたのであろうと考えた。しかし小金井に続いて日本各地の古人骨資料をさらに数多く調査した長谷部言人,清野謙次らは,アイヌばかりでなく日本人もまた,基本的には縄文時代人に由来したものであることを明らかにした。…

【コロボックル】より

…すなわち人類学者坪井正五郎は1887年,石器時代の日本列島に住んでいたのは,このコロボックルであると発表し,さらに彼らはエスキモーに近い人種であったが,アイヌに追われて姿を消したと説いた。当時の学会では日本の石器時代人はアイヌであるとする,P.F.vonシーボルト以来の学説が主流を構成しており,この説に立つ白井光太郎,鳥居竜蔵,小金井良精らと坪井との間で,はげしい論争が展開された。〈コロボックル論争〉あるいは〈アイヌ・コロボックル論争〉と呼ばれるこの論戦は,アイヌ説の圧倒的な優勢の中で,1913年坪井の急逝のため,最終的な結論を得ぬまま中断された。…

【縄文文化】より


[縄文人]
 坪井正五郎はアイヌ神謡に登場するコロボックル(フキの下の小人を意味する)こそが縄文文化の担い手であり,やがて北方に追放されてしまったとする。小金井良精は,縄文時代にはアイヌが先住していたが,移住者によって北海道に押しこめられたというアイヌ先縄文説を唱えた。清野謙次は,アイヌと現代日本人の共通の祖先が長い混血の歴史を経て形質上の変化を遂げてきたとする原日本人説を示した。…

※「小金井良精」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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