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大森貝塚 おおもりかいづか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大森貝塚
おおもりかいづか

東京都大田区山王1丁目から品川区大井6丁目にかけて分布する縄文時代後期の貝塚。 1877年アメリカ人 E.S.モースによって,車窓から発見され,同年9,10月に発掘された。この調査は,日本における最初の学術調査である。その発掘地点の正確な位置は,現在明らかではない。

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知恵蔵の解説

大森貝塚

1877年、米国人の動物学者E.モースによって発掘調査された、東京都大田・品川区内の鉄道沿線の縄文時代遺跡。日本初の科学的な発掘調査による研究として意義深い。

(天野幸弘 朝日新聞記者 / 今井邦彦 朝日新聞記者 / 2007年)

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デジタル大辞泉の解説

おおもり‐かいづか〔おほもりかひづか〕【大森貝塚】

東京都大田区、大森駅付近の縄文後期・晩期の貝塚。明治10年(1877)米国のモースが発見・発掘し、日本の近代考古学端緒となった。

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百科事典マイペディアの解説

大森貝塚【おおもりかいづか】

東京都大田区〜品川区にある縄文(じょうもん)時代の遺跡。1877年E.S.モースが発掘し,日本における考古学発祥の地となった。縄文後期の土器のほか,土版,石器,骨角器が出土。
→関連項目大森陸平貝塚貝塚坪井正五郎

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世界大百科事典 第2版の解説

おおもりかいづか【大森貝塚】

京浜東北線大森駅の北側の,東京都品川区大井6丁目(旧,鹿島町)に,かつて存在した縄文時代後・晩期の鹹水(かんすい)産貝塚。1877年にE.S.モースが発見し,同年から翌年にかけて発掘調査した。学術上の目的で調査された日本で最初の遺跡である。モースはこの成果を《Shell Mounds of Omori》(矢田部良吉訳《大森介墟古物編》1879)として報告した。報告書は,正確で写実的な遺物の図を豊富に掲げ,遺物の詳細な観察にもとづく用途が記されたり,各国の先史遺跡の事例をも引合いにするという高水準の内容で,今日でも報告書の鑑(かがみ)とされている。

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大辞林 第三版の解説

おおもりかいづか【大森貝塚】

東京都、大森駅近くにある縄文後期・晩期の貝塚。1877年(明治10)アメリカ人モースが発掘を行い、日本における近代考古学発祥の地となった。品川区大井六丁目と大田区山王一丁目に記念碑がある。

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国指定史跡ガイドの解説

おおもりかいづか【大森貝塚】


東京都大田区山王・品川区大井にある貝塚遺跡。JR京浜東北線大森駅から大井町駅にいたる線路に面する地域に所在する。1877年(明治10)、アメリカの碩学(せきがく)、エドワード・モースが日本を訪れた際、横浜から新橋へ向かう途中の車窓から発見した。同年、わが国における最初の学術的な発掘が行われ、その後、英文と邦文でその結果が発表された。1955年(昭和30)に国の史跡に指定され、1986年(昭和61)には追加指定を受けているが、出土品は多種類の貝殻をはじめ、土器、土偶、石斧(せきふ)、石鏃(せきぞく)、人骨片、鹿やクジラの骨など多岐にわたり、これらは東京大学に保存され、国の重要文化財の指定を受けた。それまでの日本には考古学が存在せず、この発掘調査は日本の近代的考古学の出発点となる記念すべき出来事であり、大森駅のホームにある碑には「日本考古学発祥の地」と刻まれている。品川区立品川歴史館に関係資料を展示。JR京浜東北線大森駅から徒歩すぐ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大森貝塚
おおもりかいづか

アメリカの動物学者エドワード・S・モースが1877年(明治10)6月、横浜から東京・新橋(しんばし)へ向かう汽車の車窓から発見した貝塚。東京都品川区大井6丁目、東海道本線の線路ぎわに「大森貝塚」の碑がある。また大田区山王1丁目地内に「大森貝墟(きょ)」の碑がある。これはモースが大森貝塚の南にも小貝塚があると記したものであろう。したがって現在は一群のものとして両地を国の史跡に指定している。
 モースは1877年10月、この貝塚の発掘調査を実施し、79年東京大学理学部英文紀要の第一冊として『SHELL MOUNDS OF OMORI』の表題で、同貝塚の発掘調査報告を刊行した。また同年12月、矢田部良吉訳で『大森介墟古物編』が刊行された。これは日本における学問的な発掘調査の最初のものであり、また前記著書も発掘調査報告書として最初のものである。すなわち大森貝塚は日本の考古学研究、とくに縄文土器文化研究の第一歩を踏み出した記念すべき遺跡である。
 なお、大森貝塚は縄文文化後期から晩期にわたる比較的規模の大きな貝塚で、モースの発掘した土器、石器などの資料は、現在も東京大学総合研究資料館に保存されている。[江坂輝彌]
『東京都大森貝塚保存会編『大森貝塚』(1968・中央公論美術出版) ▽モース著、近藤義郎・佐原真訳『大森貝塚』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内の大森貝塚の言及

【モース】より

…さらに教育博物館(現,国立科学博物館)を指導,一般向けの講演会にも積極的に参加し,巧みな話術と両手で描く絵で聴衆を魅了するなど多方面で活躍した。 1877年モースは大森貝塚(現,品川区大井6丁目)を発見し,同年から翌年にかけて発掘調査したが,この成果を東京大学は彼の進言によって,和英両文(《大森介墟古物編》《Shell Mounds of Omori》)で79年に東京大学理学部会粋第1冊として刊行した。この報告書は同貝塚出土遺物のセッコウ模型とともに欧米の大学・博物館に配布され,また出土遺物と欧米の先史遺物との交換も行われた。…

※「大森貝塚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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