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大元帥法 たいげんすいほう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大元帥法
たいげんすいほう

真言密教の大法の一つ。口伝では帥の字を読まず「たいげんのほう」という。悪獣や外敵などを退散させる力をもつという大元帥明王 Āṭavaka (鬼神) を本尊として,鎮護国家,敵軍降伏のために修する法。承和6 (839) 年常暁が唐から伝えた。仁寿1 (851) 年以降,正月8日から7日間朝廷で修せられ,また天慶の乱などにも修法が行われた。

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世界大百科事典 第2版の解説

だいげんのほう【大元帥法】

大(太)元帥は大元帥明王のこと。帥の字は読まないのが例。《続日本後紀》の840年(承和7)に,入唐の僧伝灯大法師位常暁が山城国宇治郡法琳寺に大唐より持ってきた太元帥の霊像を安置し,その秘法を伝えたという。常暁が小栗栖(おぐるす)法琳寺(あるいは大和国秋篠寺とも)の閼伽井の井戸に大元帥明王の像が出現したのを写し持って入唐し,唐にて鎮護国家の法を受け,日本に伝えたともいう。国家安穏や怨敵を調伏する威力のあるものといわれ,文徳天皇の851年(仁寿1)治部省において正月8日より7日間行われたのをはじめとして,恒例となった。

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大辞林 第三版の解説

だいげんほう【大元帥法】

大元帥明王を本尊として行われる真言宗の修法。国家鎮護のためのもので、宮中で1871年(明治4)まで毎年正月八日から七日間行われた。大元帥御修法。たいげんのほう。

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世界大百科事典内の大元帥法の言及

【大元帥明王】より

…大元帥明王像は839年(承和6)に唐から帰国した常暁(?‐865)によって初めて日本にもたらされた。大元帥法(だいげんのほう)は本像を本尊として護国,怨敵調伏のために行う修法であり,9世紀中ごろからは,真言院後七日御修法に準ずる国の大法となった。形像は四面八臂像が《阿吒婆拘鬼神大将上仏陀羅尼神呪経》に説かれ,善無畏訳の同経には四臂像も見られるが,これらとは異なる六面八臂像が常暁将来の像として伝えられている。…

※「大元帥法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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