大学教授資格(読み)だいがくきょうじゅしかく

大学事典 「大学教授資格」の解説

大学教授資格
だいがくきょうじゅしかく

[日本]

現在のところ,大学教員(日本)の公的な資格制度は存在しない。大学設置基準では第4章に「教員の資格」を設け,14条に「教授(日本)となることのできる者は,次の各号のいずれかに該当し,かつ,大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力を有すると認められる者とする」とあり,「博士(日本)の学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有し,研究上の業績を有する者」「研究上の業績が前号の者に準ずると認められる者」以下,6項までの規定があるのみである。「各号のいずれかに該当する」かどうかは,大学設置審査における教員審査において概括的な判断基準になっているに過ぎない。加えて「教育上の能力」においては,現在のところ何ら規定はなく,2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて(中教審答申)」で「大学教員の公共的な役割・使命,専門性が必ずしも明確に認識されないままになっている」「大学教員の専門性をめぐる共通理解を作り,社会に宣言することが求められる」という指摘がなされる所以にもなっている。

 2012年の中教審答申「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて(中教審答申)―生涯学び続け,主体的に考える力を育成する大学へ」において,ようやく「体系的FDの受講と大学設置基準第14条(教授の資格)に定める大学における教育を担当するにふさわしい教育上の能力の関係の整理について検討を行う」との言及があり,さらに翌13年の「教育振興基本計画」において閣議決定がなされて,大学教員の資格問題は政策的検討の対象とされるかにみえた。ただ,その間に政権交代もあって,不透明な要素が出てきているのが現状といえよう。
著者: 川島啓二

アメリカ合衆国

合衆国は大学の教授資格(アメリカ)を定めた全国レベルの規定を持たない。1965年の高等教育法が,連邦補助との関連で,間接的にアメリカの大学教員に言及している程度である。州の規定では,たとえばニューヨーク州が,大学教員は学位や教室での教育活動等を通して「科目の担当や学問上の他の責務を果たす能力を証明せねばならず」,学士授与の履修課程では最低でも教員1名が,大学院学位を授与する履修課程では担当者の全員が,「博士号(アメリカ)ないし他の完成学位を保持せねばならない」とかなり踏み込んで規定している。しかし,実際の教授任用と連動する,より具体的な資格は個々の大学が教授としての適性を測るため,一定の枠内で設定した基準である。従って一方,教授資格は個々の大学に即してその特色を探る必要がある。他方,教授資格を文字通り正教授(アメリカ)(full professor)の資格とすれば,その認定はいくつかの段階を踏み,とくに助教授(アメリカ)から准教授(アメリカ)への昇任は注目に値する。試用期間中の助教授に対し,身分保障を得る准教授は資質的には教授と同等であるが,業績上の蓄積が足りないだけと見なされるからである。

 大学教員への着任資格としての博士号Ph.D.(アメリカ) は,いつごろ普及し始めたか。シカゴ大学やスタンフォード大学が登場しつつあった1890年前後,ハーヴァード大学とミシガン大学専任教員のうちPh.D. の取得者は20~25%であった。1920年にはその割合はほぼ40%,とくに准教授以下の若手教員では,ハーヴァードが77%,ミシガンが62%にまで普及した。

 ウィリアム・ジェイムズ等による厳しい批判(1903~05年)から110年を経た現在,研究学位Ph.D. は,大学への着任資格として定着したのみならず,かつては医学博士(M.D.)や法務博士(J.D.)等が独占していた専門職大学院までを浸食しつつある。確かに助教授への着任ではPh.D. 重視は否定できない。しかし,研究大学(アメリカ)での教授資格は必ずしも研究能力偏重ではない。主要大学は准教授への昇進条件に教育能力,研究能力,社会貢献のすべてをあげる。他方,研究に専念する研究教授には通常は任期を限定し,身分保証を与えない。教えて研究し,かつ社会貢献もなす者だけが正規の教授となるのである。にもかかわらず,たとえばハーヴァードが身分保障の授与の第1の基準に「学術業績と専門分野へのその影響力」をあげていることが示すように,研究大学では研究能力が最重要である。これに対し,リベラルアーツ・カレッジ(アメリカ)の多くは,教育能力を身分保障の授与の第1条件とする。ポモナ・カレッジ(アメリカ)は教育力,研究能力,社会への奉仕の順番で評価している。アムハースト・カレッジ(アメリカ)での昇進審査では,必要な八つの人事資料のうち六つまでが教育力の評価を含んでいる。

 以上に基づけば,大学教員への着任を希望するなら,大学・大学院で好成績を重ねてPh.D. を取得し,多少の教育経験も積んでおくべきだという巷の常識は的を射ている。ただし,身分保障を得る段階で,リベラルアーツ・カレッジでは教育共同体への,研究大学では自身の知名度にふさわしい全米ないし国際社会への多大な貢献が求められるという点は見落とされがちである。
著者: 立川明

イギリス

イギリスの大学教員・高等教育機関で教員となるための資格・要件について,全国一律の基準は設けられていない。大学教員の人事は大学自治の根幹をなすものの一つであり,どのような人物を教員として採用するかは個々の大学の自由裁量に大きく委ねられている。また,大学教員には教授(イギリス)(professor),准教授(イギリス)(reader),上級講師(senior lecturer),講師(lecturer),助手(assistant)等々職階があり,それぞれの職階ごとに期待される職務内容や求められる能力・資格・要件は異なる。昇進の際の基準や手続きもさまざまであるが,公募による採用時の場合と同様,情報は広く公開される。

 イギリスの大学では長い間,大学教員職は教授職のみであった。もちろん,オックスブリッジの各カレッジにはフェローがおり,講師やチューターとして学生の教育や指導に従事していた。しかし,19世紀後半に近代市民大学(イギリス)が設立されると,科学の勃興や学科制の整備を背景に,助手など教授以外の教員職階が誕生し,次第にその数を増していった。一方,たとえばオックスフォード大学(イギリス)でも,1882年の学則により初めて准教授職が設けられた。

 これらのことを前提に,大学教員職(アカデミック・プロフェッション)一般について,「どのような人々が大学教員職についているのか」「大学教員になっているのはどのような資格・要件を備えた人々なのか」をみていくと,その要点・傾向は次のようにまとめることができよう。すなわちイギリスの場合,大学教員の資格・要件としてはまず学位を保持していることが要求され,学位のなかでは第1級の成績での優等第1学位(イギリス),そしてPh.D.(イギリス) 学位を保持していることが重視されている。優等第1学位は「知的能力一般の指標」として,Ph.D. は「研究における訓練の指標」として考えられている。理系の学問分野ではPh.D. の方が重視されており,また近年,文系でもPh.D. 重視の傾向が強まっている。とはいえ,学士課程(イギリス)学位の成績が伝統的に重視されてきたことは,イギリスの大学教員職に見られる顕著な特質の一つだといえよう。
著者: 安原義仁

フランス

フランスの大学教員は,すべて法人格を有する国立の機関である。機関独自の予算で雇用される者を除いて,大学の常勤の教職員公務員であり,その地位・身分等の基本的なあり方は国の法令で定められている。公務員の地位を有する教員には,高等教育機関の教員と位置づけられる教員=研究員(フランス)(enseignant-chercheur)中等教育教員(フランス)(enseignant du second degré)が含まれる(教育法典L. 952-1条1項前半)。そのうち教員=研究員は,教授(professeur)または准教授(maître de conférences)いずれかの職団(corps)に所属する(政令第84-431号第4条1項)。中等教育教員は,大学において中等教育の教員資格で教育に従事する教員である。

 公務員である教員以外に,非常勤教員(フランス)の教員として連携教員(フランス)(enseignant associé),客員教員(フランス)(enseignant invité)非常勤講師(フランス)(chargé d'enseignement)が教育法典(フランス)(L. 952-1条1項後半)で,またATER(attaché temporaire d'enseignement et de recherche,教育研究補助員(フランス))が政令第88-654号でそれぞれ規定されている。教育法典で規定された非常勤教員は,おもに産業界や他大学(国内外)等から専門家を招致して教育・研究に従事させるものであるが,ATERはおもに博士号(フランス)取得後に教員=研究員採用を目指す者が就く職であって,その職務内容は教員=研究員に準じたものとなっている。

 教員=研究員,その他の教員,研究員の職務遂行の自律性は法令で保障されている。教育法典L. 952-2条は,これらの者が教育研究を遂行するに当たって,大学の伝統と教育法典に定められる規則に則って適用される寛容と客観性の原則の範囲内において,最大限の自立(pleine indépendance)と完全な表現の自由を享有すると定めている。また教員=研究員は,その意に反して異動されることはない(政令第84-431号第2条)
著者: 大場淳

[ドイツ]

ドイツで大学教授(ドイツ)に就任するためには,博士号(ドイツ)を取得したあと,さらに博士論文以上の論文を執筆し,ドイツの大学教授資格を取得した者のみが就任することができるという制度(ハビリタツィオン(ドイツ),Habilitation)が採られてきた。大学教授資格の授与権は学術大学(ドイツ)のみが有しており,専門大学(ドイツ)では取得することができない。この制度は,19世紀になってドイツ大学が近代的大学へと移行するなかで,大学教授の地位がこれまでのギルド的身分のものから,学術的業績にもとづくものと考えられるようになり導入されたものである。その取得のためには,博士学位の保持を前提条件として,大学教授資格論文を教授会(ドイツ)に提出し,コロキウム(ドイツ)と呼ばれる学部成員による口述試験を受け,全学公開の試験講義などを行う。こうした一連の手続きを経て,教授会により「合格」と判定された者にはじめて授与されることになった。

 これに対し,1998年の大学大綱法(ドイツ)の改正で「大学外において達成された同等の学問的業績」によっても「大学教授としての専門性を証明できる」こととなり,さらに2002年の同法改正では「大学教授資格」について規定した条文が削除され,大学教授資格をもたない有能な人材をさまざまな分野から教授に登用する道も開かれるようになった。あわせて現在は,大学教授資格の取得まで年数がかかり,優秀な人材が大学に残らないなどの理由から,若手研究者のためのジュニア・プロフェッサー(ドイツ)(Juniorprofessor,準教授(ドイツ))の制度も導入されている。博士号取得後,早い段階でジュニア・プロフェッサーに就任し,そこで実績をあげることで,大学教授へと任用される道も開かれた。なお,ジュニア・プロフェッサーには任期が設けられている。今後は,ジュニア・プロフェッサーを経て教授に昇進するコースが一般的となる。ただし,これまでの大学教授資格の取得により教授に至るコースも残っている。大学教授資格をもたない者の教授への任用も,とくに専門大学において少なからず見られる。
著者: 木戸裕

参考文献: 大学評価・学位授与機構『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』,2010.

B. Clark(ed.), The Academic Profession: National, Disciplinary, and Institutional Settings, California, 1987.

[日本]◎安藤厚・細川敏幸・山岸みどり・小笠原正明編『プロフェッショナル・ディベロップメント―大学教員・TA研修の国際比較』北海道大学出版会,2012.

参考文献: 東北大学高等教育開発推進センター編『大学教員の能力―形成から開発へ』東北大学出版会,2013.

参考文献: ケイ J. ガレスピー,ダグラス L. ロバートソン編著,羽田貴史監訳『FDハンドブック―大学教員の能力開発』玉川大学出版部,2014.

[アメリカ合衆国]◎Amherst College, Harvard University, Pomona College, University of Michigan, University of Washington, Yale University (et al.), Faculty Handbook, FAS Appointment and Promotion Handbook, Appointment and Promotion of Faculty Members.

[イギリス]◎安原義仁「イギリスの大学教師資格」『大学教授資格の史的変遷と諸類型に関する研究』(昭和62・63年度科学研究費補助金一般研究B研究成果報告書,研究代表者 相良憲昭),1989.

参考文献: 安原義仁「イギリスの教員と教育組織―オックスフォード大学における新たな教師職階の創設をめぐって」『IDE 現代の高等教育』,2005年6月.

参考文献: A.H. Halsey and M. Trow, The British Academics, London, 1971.

参考文献: G. Williams, T. Blackstone and D. Metcalf, The Academic Labour Market: Economic and Social Aspects of a Profession, London, 1974.

[フランス]◎大場淳「フランスの大学教授職―身分・地位,職務,資格,養成等を巡って」,東北大学高等教育開発推進センター『諸外国の大学教授職の資格制度に関する実態調査』(文部科学省先導的大学改革推進委託事業報告書),2011.

[ドイツ]◎別府昭郎『近代大学の揺籃―一八世紀ドイツ大学史研究』知泉書館,2014.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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