広い意味では,大統領を元首とする統治形態をいう。古くは,君主が名実ともに国家を代表するのが普通であったし,君主が政治的実権を失っても,形式的に国家を代表するのは君主である場合が多かった。しかし,君主制が廃止されて共和制になると,これまでの君主に代わって,儀礼的・形式的に国家を代表する官職が必要となり,普通それが大統領と呼ばれている。ただ,すべての共和国が大統領制をとっているわけではなく,中国などでは大統領という官職は設けられていない。
大統領制をとっている国のなかには,大統領が単なる儀礼的役割にとどまらず,行政部の首長として重要な政治的役割を果たしているところもある。そこで狭い意味では,行政部の首長である大統領が,立法部とは無関係に直接国民によって選ばれる統治形態を大統領制と呼ぶ。この意味での大統領制は,議院内閣制と並ぶ現代の主要な統治形態である。
歴史的にみると,アメリカ型の大統領制が成立したのは合衆国憲法制定のときである。憲法の制定に努力した人々の間では,イギリスの統治形態が最良であるとする人々が多かった。その結果,アメリカの政治制度はできるだけイギリスの制度をモデルにすることが望ましいとされ,まず君主に相当するものとして大統領がおかれた。イギリス型の制限君主制のもとで国王に認められていた特権には,議会が可決した法案に対する拒否権が含まれていたが,それも大統領の拒否権として制度化された。議会についても二院制がとられ,ただイギリスの貴族院に相対するものとしては,州代表から成る上院がおかれた。イギリスにおける司法部の独立はより厳格に解釈されて,司法審査制を含む裁判制度の独立が確立された。このようにみるならば,少なくとも18世紀末の時点では,アメリカの統治形態とイギリスの統治形態とは著しい相似性をもっていたといえよう。ただ,イギリスの君主はその後ますます政治上の実権から遠ざかり,イギリス政府の〈尊厳的部分〉を形づくることになったのに対し,アメリカの大統領は政府の中枢的位置を占めることになった。その結果,イギリスは議院内閣制の母国となり,アメリカは大統領制の母国となって,それぞれの統治形態は相互に対照的な位置を与えられることになったのである。
アメリカ型の大統領制の特質は,大統領が国の元首として諸外国に対しアメリカを代表する役割を果たすと同時に,行政部の首長としての役割をも果たすことにある。アメリカの場合,行政部は立法部から原則的に独立しており,大統領は議会に対してではなく国民に対して直接に責任を負う。大統領は議会の信任を必要とせず,議会とその見解を異にしても,その地位を退く必要はない。同時に,大統領は議会を召集・解散する権限を与えられていないし,また議会に法律案を提出することもできない。ただ,議会に対して教書(メッセージ)を送って必要な法律の制定を勧告し,あるいは不当と考える法律案を拒否する権限が与えられているだけである。行政各部門の長官も大統領によって任命され,大統領に対してだけ責任を負い,議会とは何らの関係ももたない。また議員が行政部の要職を兼任することはできない。行政部の権限と責任とは原則としてすべて大統領一身に集中されており,国民はこの大統領の選挙(〈アメリカ合衆国〉[政治]の項を参照)を通じて行政部の統制を果たすことになる。アメリカ型の大統領制の意義は,多数派であれ少数派であれ,一部の勢力による専制的統治を困難にしているところにある。その反面,複雑な抑制均衡の制度を通して政策が決定・執行されるために,政治責任の所在が不明確なことが多い。
アメリカ型の大統領は,のちにラテン・アメリカやアジア,アフリカの多くの国によって,統治形態のモデルとされた。しかしアメリカの大統領制はいわばアメリカの政治風土に固有な制度であり,それが他の国々に移植される場合には大きな変化をこうむらざるをえない。アメリカの大統領制は18世紀的な政治理念の忠実な制度化であり,その理念とは少数派も含めた自由の確保と多数派も含めた専制の拒否であった。アメリカには,こうした理念を支える基盤としてブルジョア的同質性が存在したが,アジア,アフリカ,ラテン・アメリカの諸国ではむしろ異質な勢力間の対立抗争が激しく,そのため大統領は権力的統合を求めて独裁者となることが少なくない。いずれにしても,アメリカ型の大統領制を継承した諸国でも,その政治的理念を継承することはできなかったといえよう。
西ヨーロッパでは,イギリス型の議院内閣制を採用している国が圧倒的に多い。しかし,君主制の廃止とともに国の元首として大統領をおく国が増えていることもたしかである。フランス,ドイツ(旧,西ドイツ),イタリア,スイス,オーストリアなどがその代表的なものとしてあげられよう。そのなかで,フランスの大統領制だけはやや特異な位置を占めている。すなわち,第五共和政への転換とともに大統領制の強化が図られ,現在のフランス大統領は非常事態における強大な権限のほかに,首相の任免権,議会の解散権,条約批准権など強力な権限を与えられている。フランスの制度は,アメリカ型の大統領制とイギリス型の議院内閣制との混合型といえよう。ほかの諸国の場合には,程度の差こそあれ大統領には法律・条約の署名,高級公務員の任命,外国代表の接受など,形式的・儀礼的権限しか与えられていないのが普通である。その選出方法は多様であるが,フランスの大統領が国民投票によって選出されるのを別とすれば,大統領選挙人制度を採用したり(フィンランド,ポルトガル),議会議員と州代表者との合同会議で選出したり(ドイツ,イタリア),連邦内閣のメンバーが年長順に互選する(スイス)など,間接選挙によるのが普通である。任期も,アメリカでは4年であるが,ヨーロッパではスイスの1年からドイツの5年,フランス,イタリアの7年まで多様である。
執筆者:阿部 斉
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広義には、大統領を元首とする統治形態をいう。狭義には、厳格な三権分立制をとるアメリカの統治形態をいう。アメリカ、第五共和政後のフランス、ワイマール共和国時代のドイツ、インドネシア、韓国(大韓民国)などの大統領のように、その権限の強い国もあれば、第三・第四共和政下のフランス、ドイツ、インドなどのように大統領の権限の弱い国もある。
[田中 浩]
アメリカにおいては、立法部・行政部・司法部の間の権力分立がきわめて厳格であるが、このような政治制度を採用したのは、独立戦争時に本国議会や政府が植民地に圧迫を加えたという歴史的事情による。すなわち、イギリスでは、絶対君主を打倒したという意味で議会に対する信頼感が強いが、アメリカでは、いかなる政治機関も専制化しうるという不信感が強く、このため、立法部と行政部の権限を明確に分離し、イギリスのような両権を融合させて政治運営を行う議院内閣制を採用しなかった。また司法部に、違憲立法審査権を与えて、立法・行政部の行動をチェックさせるという、いわゆる司法部優越の制度を採用している。こうした考え方は、ハリントンやロックの権力分立論、モンテスキューの三権分立論から学んだものと思われる。
大統領は4年に一度、上下両院の国会議員とは異なる方法によって国民から選ばれ(まず大統領選挙人を州ごとに選び、彼らが大統領を選出する)、大統領は、国会議員以外から各省長官(大臣)を選任する。この点でイギリスの場合とは異なり、大統領は議会に対してではなく国民に対して責任を負うとされる。したがって、大統領と内閣は、議会に対して法案提出権はなく、「教書(メッセージ)」の形で自己の政策遂行に必要な法律の制定を議会に勧告できるにとどまる。議会の招集・解散権ももたない。もしも、大統領の見解と異なる法案が議会を通過した場合には、大統領は拒否権を発動できるが、議会において3分の2以上の多数で再議決すれば、その法案は法律となる。他方、議会の側は、不信任決議権をもたず、大統領の不正・不道理な政治に対しては、上下両院それぞれの3分の2以上の多数によって弾劾し罷免させることができるが、弾劾によって辞任した例はない。アメリカ大統領は、元首、行政部の首長、陸海空軍の最高司令長官などの地位によって強大な権限をもっているが、厳格な三権分立制を採用していることによって、独裁的な政治を行うことは困難である。
フランス、ドイツなどは、アメリカ型の大統領制とイギリス型の議院内閣制の混合形態といえよう。
[田中 浩]
議院内閣制と大統領制の利害得失については論議のあるところだが、議院内閣制においては解散制度があるので柔軟な政治が可能である、それに対して大統領制では、もしも、硬直した考えの持ち主や国際情勢に疎い人物が大統領に選出されると、4年ないし8年の間、変更できないので危険であるとする考え方がある。他方では、大統領制においては、4年ないし8年、大統領は政党の派閥などに煩わされることなく、思いきった強力な政策を実行できる長所がある、という説もある。いずれにせよ、国民が民主主義の精神を十分に理解せず、また民主主義的な政治制度が確立されず、民主主義的な政治運営がなされないならば、ワイマール共和国時代のような大統領の独裁政治を招く危険性がある。
[田中 浩]
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