天津神 (あまつかみ)
天神(あまつかみ)/(てんじん)とも書く。国津神に対して称される。古来神祇を区別するための標準として重要視されているが,その観念は複雑で,諸説あって一概には断定しがたい。一般には《古事記》《日本書紀》などの日本神話で,いわゆる天孫降臨以前に高天原,すなわち神々の住むと考えられる国より〈葦原中国(あしはらのなかつくに)〉,すなわちこの地上に下った神とその子孫の神々をいう。《令義解(りようのぎげ)》では,伊勢・山城鴨・住吉・出雲国造の斎(いつ)く神を天神の例として挙げており,《令集解(りようのしゆうげ)》には〈天より下り坐す神〉との注釈もある。なお菅原道真の霊をまつった天神(てんじん)とは別である。
→国津神
執筆者:大井 鋼悦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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天津神 あまつかみ
古代伝承上の神。
記・紀によれば国津神に対する称。高天原(たかまがはら)にすんだ神,またそこから地上にくだった神とその子孫の神々をいう。天つ神,天神ともかき,天神は「てんじん」ともよむ。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の天津神の言及
【明神(現神)】より
…天皇を神とたたえる風潮が強まるのは,7世紀の壬申の乱(672)以降で,天武,持統両朝には〈大君は神にしませば〉という歌が柿本人麻呂ら宮廷歌人により多くうたわれた。天皇を[天津神](あまつかみ)の裔に系譜づける記紀神話の形成と関連しあう現象といえる。以上をうけて大宝令(701)は〈明神御宇(あきつみかみとあめのしたしろしめす)日本天皇〉などの称呼を公式に定めるに至った。…
【天神信仰】より
…天神は地祇(ちぎ)とならび称せられ,前者は天界にいる神と信じられた。養老神祇令では神祇官が天神地祇をまつると規定しており,令の注釈を集成した《令集解(りようのしゆうげ)》によれば,天神とは伊勢・山城鴨・住吉および出雲国造のまつる神であるという。記紀では天つ神は国つ神と併称されている。記紀の天孫降臨の神話は,天皇制の神話上の始原を示すかたちで,天神信仰をとりこんだものである。しかし本来天の神への信仰は日本古代国家の意図によって作られた法や神話にもとづくものではなく,世界のいたるところに多様な形態で認められる。…
【山人】より
… 日本民俗学の樹立者である[柳田国男]は,山人の研究を強力に進めた第一人者であり,〈山の人生〉など主要な論文は《定本柳田国男集》第4巻に収められている。柳田は山人が実在したことを仮定して,天津神(あまつかみ)を奉ずる渡来民族(水田稲作農耕民)によって山に追われた先住民が山人であるとし,山人は国津神(くにつかみ)を奉じた非稲作民であったとしている。そして渡来民族が優れていたために,先住民はしだいに集団としての自律性を失って征服され,服従していくが,その過程を六つに想定してはいるものの,大きくは山人の子孫は里にくだって里人に混交したものと,山に残ったものとに分けている。…
※「天津神」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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