大学などに進学したくても経済的に苦しく費用を払えない若者に対し、国や自治体、民間団体などが必要な資金を給付または貸与し、進学を支援する。利用者が多い日本学生支援機構の奨学金は本人が資金を借り、卒業後に返済する貸与型が中心。政府は機構を通じ、低所得層向けに返済不要の給付型奨学金制度を設けているが、対象を拡大して若者の進学機会を確保すべきだとの指摘が多い。2022年度に機構が給付または貸与した総額は約1兆円。
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[奨学金の概念]
奨学金の歴史は中世ヨーロッパの大学の発生にまでさかのぼる。ボローニャやパリには,ヨーロッパの各地から学生や教員が集まってくる。彼らは必ずしも都市や教会から歓迎されたわけではなかった。同郷の出身者が寄り集まってネーション(同郷団)(natio[羅],同郷団)をつくる。彼らの大きな関心事は,学業を続けるための金銭的な問題だった。裕福な者は親元に,繰り返し仕送りが不足している旨の手紙を書くだろう。あるいは地元の名士に無心をする。それが不首尾に終わったとき,同じネーションのなかで金銭が都合される。それが奨学金(bourse[仏]; grant[英])のはじまりである。
ネーションの組合的な連合が大学(universitas[羅])であるが,近代においてネーションが大学から切り離されて国家と結びつく「国民」となっても,それがもっぱら文化にかかわるという点においてなおも大学の記憶の残響を聞きとることができる。同様に,皮製の巾着をも意味する「bourse」は容易に中世の記憶を呼び起こすが,そうした中世の大学のネーションで誕生した奨学金に近代国民国家の社会福祉の原型をみてとることもできるだろう。それゆえ通常の社会福祉と同様に状況に応じて給付されるものであって,返済義務の生じる貸付金(奨学金の概念)(prêt[仏]; loan[英])とは厳密に区別されなければならない。
実際,日本を唯一の例外として,奨学金は社会福祉の一環としての返還義務のない給付金である。だが,むしろそれゆえに,1970年代以後の福祉政策の後退とともに見直しが試みられる。とりわけ,アメリカ合衆国やイギリスなどの金融資本の圧力が強い地域では,奨学金を貸付金へと移行する「改革」が繰り返された。反発は当然であり,当事者の学生や教員(多くの教員はかつての奨学金の受給者である)のみならず,70年代以後の進学率の未曾有の上昇とともにネーション全体の問題となる。たとえば,90年代のイギリスでの奨学金から貸付金への「改革」は,学生が貸付金の事務所を占拠するという劇的な事件によって頓挫した。そうした強力な抵抗の背景には,奨学金という福祉の起源の防衛であると同時に,ネーションを国家から取り戻すという,大学の本質にかかわる想像力が働いているように思われる。
大学にとって奨学金は付帯的な問題ではない。それは教員にとって,給与が付帯的な問題でないのと同じである。しかも,賭けられているのは奨学金の普遍的な給付である。金持ちの学生はいない。ただ,親が金持ちであるだけである。そうした後援者の金銭による検閲から学生を解放してはじめて,大学は学生の自由な意思の発現の場になるはずである。最後に例外的な日本の状況に言及するなら,日本学生支援機構による貸付をただちに停止し,すくなくとも授業料相当の奨学金をただちに給付すること以外に,国際人権規約のもとめる大学の無償化を受け入れた日本政府にとって現実的な施策はないはずである。
著者: 白石嘉治
[アメリカ合衆国]
アメリカ合衆国での大学生向けアメリカの奨学金は目的,支援主体,方法のいずれから見ても多様である。目的は全米の最優等生の選抜・表彰から低所得階層の教育機会の確保に及び,国防・科学技術の振興等の国家目的から寄付者の個人的な嗜好を強く反映するものまで包摂する。支援主体は連邦政府と大学自身が重要であるが,州政府や民間組織も無視できない。給付と貸与に大別されるが,教育税上の優遇措置も含む。
19世紀前半,全カレッジ学生の1割を支援し,組織的な奨学の嚆矢となったアメリカ教育協会(American Educational Society)は,会衆派・長老派の牧師・伝道師の養成を眼目とした。20世紀以降の大規模な奨学制度は世俗的・一般的である。スプートニク計画を進めるソ連に対抗した1958年の国防教育法は,科学,数学,現代外国語の分野で有能な若者を発掘・訓練し,国防体制の強化を目指した。同じころ発足した非営利団体の全米育英奨学金(National Merit Scholarship,法人)は,百数十万の応募者から標準テスト,学業成績・推薦状・課外活動歴等を用いた2段階の審査で年に一万数千人を最優秀の高校生と認定して,その一部に奨学金を給付するとともに,入学大学や企業に対し多額の支給を促している。他方,連邦政府が1972年に整備したペル奨学金(アメリカ)(Pell Grant)は,大学進学の基礎条件を満たす経済的困難者の数百万人に毎年給付する制度で,2014年度の最大の給付額は五千数百ドル,平は三千数百ドルである。
1980年前後からの学費高騰を受け,2013年度の私立・州立の最上位大学の学生(州立は州外からの学生)の年間必要経費は,世帯あたりの平年収を超える5万ドルから五万数千ドル,州立の平でも三万数千ドルに達している。年数千ドルのペル奨学金ではその小部分しか賄えず,結果として連邦政府の貸与(ローン)の膨張が生じ,かつて総額の2割だったものが8割にまで増加した。私立大学は,入学生の半数ほどにほかの奨学金からもあわせて満額を納入させつつ,成績優秀な経済的困難者には大胆に割引する方策を採り,実質の授業料は平して額面の3分の2となっている。
大学進学のユニバーサル化を原則支持する連邦政府は,ペル奨学金への応募手続きの簡略化と,受給者の中途退学率の減少の方策とを模索しつつある。結果的にカレッジ教育はさらに普及し,ローンもかさみ続ける。私立大学の大多数は優れた学生の獲得競争に授業料の割引をますます多用し,研究費等の財源不足が深刻化する。州立大学,なかでも各州の旗艦大学は,州政府からの経常費も連邦政府からの研究補助金も削減され,学問水準の低下を容認するか,「私学化」にわずかな活路を求めるしかなくなる。一方,最近の私立・州立大学の学士課程生の6割が,平で2万6000ドルのローンを抱えて卒業する。専門職大学院へ進学すればその額は何倍にもなる。建国以来の教育拡充への信頼がアメリカ社会の公益を増進するか,それとも社会の弱体化を招来するか。奨学金問題は,アメリカの行方を決める転轍手の位置に立たされている。
著者: 立川明
[EU]
各国,各教育機関の個別の奨学金制度とは別に,EU(欧州連合)が進めているEUの奨学金プログラムとして,エラスムス奨学金の制度が挙げられる。
[エラスムス奨学金(EU)] この制度は1987年から実施されているエラスムス・プログラムの枠内で始まった。実施当初の受給者は3200人にすぎなかったが,2013/14年度では5億8000万ユーロが,27万2000人の学生と5万7000人の教職員に支給されている。学生に支給された奨学金の平支給額は月額で274ユーロ,学生の留学先の平滞在期間は約6ヵ月であった(エラスムス奨学金は3~12ヵ月間支給される)。学生の内訳は学士レベル67%,修士レベル29%,博士候補者1%,短期高等教育機関3%となっている。2007年から13年にかけて実施されたEU生涯学習計画では,31億ユーロのエラスムス奨学金が160万人の学生と30万人の教職員に支給された。また1987年から2013/14年度までの間に,330万人の学生と47万人の教職員がこの制度で奨学金を受給している。なおこの制度を利用する学生は留学先の大学の授業料も免除される。
[エラスムス・ムンドゥス] 2004年からはエラスムス・プログラムをEU域外に拡大した「エラスムス・ムンドゥスErasmus Mundus」が開始された。これによりEU域外の学生も複数のEU加盟国の間を移動し,修士・博士課程で学位を取得するプログラムへの参加が可能となった。「第三国との共同を通して異文化理解を促進し,大学教育の質の向上を図る」ことがその目的とされている。日本の学生もこの奨学金に応募することができる。エラスムス・ムンドゥスは大学院レベルの学生が対象となる。修士課程(EMMC)の奨学金は年額約2万4000ユーロ,博士課程(EMJD)の学生の場合,コースにより異なるが3年の奨学期間全体で最大12万9900ユーロが給付される。
[エラスムス・プラス] 2013年までのEU生涯学習計画に続き,14年からは「エラスムス・プラスErasmus+」が開始されている。そこでは2020年までの7年間に総額190億ユーロの予算が拠出される予定である。エラスムス・プラスは,EUがそれまで対象年齢で分けて運営してきたコメニウス(就学前教育・初等教育・中等教育),エラスムス(高等教育),レオナルド・ダ・ヴィンチ(職業訓練),グルンドヴィ(生涯教育)に加え,エラスムス・ムンドゥスや青少年の海外ボランティア支援,スポーツ分野の支援を統合したものである。
エラスムス・ムンドゥスと並んでEU域外の学生も,エラスムス・プラスのプログラムに参加できる。このプログラムを通じて修士課程のジョイント・ディグリー取得コースに応募し,ヨーロッパの2ヵ国以上で学びながら,最高2万5000ユーロの奨学金を受けることができる。今後数年にわたり,約350の新しいジョイント・ディグリー取得コースがEUの助成金を受け,留学生に幅広い機会を提供する予定である。なおコースの大半は英語で行われる。博士候補者は,EUの研究・イノベーション枠組みのなかの「ホライズン2020」のもとでフェローシップや研究助成金に応募できる。
著者: 木戸裕
[日本]
日本の奨学金は学生の経済的負担を軽減する制度である。現在,日本では,大学生を対象とする奨学金の中心的な役割を独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)が担っている。同機構は,1944年に国が創設した財団法人大日本育英会に遡る。2017年現在,給付型奨学金(日本)と貸与型奨学金(日本)の2種類の制度が運営されている。貸与型奨学金は無利子と有利子の2種類がある。JASSO奨学金の利用学生は132万人であり,学部学生では38.2%に及ぶ(2015年度)。
かつての日本育英会の奨学金には,優秀な学部学生には返済免除分を上乗せして貸与する特別貸与制度(奨学金)(1984年まで),奨学金貸与者が教員や研究職に就き,一定期間勤めることで返済を免除する返還免除職制度(奨学金)(2004年まで)があり,貸与制度の中に実質的な給付制度が存在した。現在は大学院生の一部に返還免除制度が残るだけで,学部生を対象とする返還免除は存在しない。JASSO奨学金の特徴は無利子貸与があること,返済期間が長期であることである。しかし,現実の奨学金利用者は有利子貸与が全体の約7割を占めている。
このような日本の奨学金は経済的な困難を持つ学生の進学を支援する一方で,貸与制度であることの課題が指摘されてきた。4年間で少なくとも200万円の借入額,大学院進学者では借入額が1000万円を超えることもあり,過剰債務化が指摘されている。一方,貸与金の未返還が問題となり,訴訟による取立ても行われている。そこで,卒業後,一定の所得を得られるまでは返済を猶予する所得連動返還型奨学金制度が,2017年度から無利子貸与型奨学金利用者を対象に導入された。また2016年に給付型奨学金制度を新設する制度改正が行われ,17年度から先行実施,18年度から本格実施される。給付型奨学金は高校在学時に対象者が決まる予約制で,生活保護世帯の生徒など経済的困難を抱える優秀な進学希望者を対象としている。
奨学金制度は地方自治体,各大学・学校,個人を含む民間奨学団体によるものもある。地方自治体の奨学金制度は地元出身者を,大学独自制度は在学者を対象とする。民間奨学団体も,その目的に応じて遺児やひとり親,特定の大学の在学生,特定の専門領域など対象を限定しているものが多い。これらの奨学金制度の内容は給付型,貸与型など実施主体によってさまざまであるが,一つ一つの採用人数は多くない。
奨学金制度には,優秀な人材を育てるための「育英」と経済的な困難を抱える学生を支援する「奨学」の二つの理念,給付か貸与か,対象を能力重視か経済状況重視か,一人への金額が多額か少額かなど制度設計上の論点がある。また,奨学金制度は誘導的な側面を持ち,学業成績を基準にすれば,奨学金を得るために学生の勉学を促進することにつながる。海外留学を促進する奨学金(海外留学支援)や,優秀な海外学生を日本に招くための奨学金,特定職業に一定期間勤続することで返還免除としその職業への就業を促す奨学金,移住や居住を条件に返還免除とする地方自治体による奨学金もある。同じ機能を持っていても奨学金と称さず,貸付金や奨励金などの名称を用いるものもある。大学による学費の免除・減額(学費減免)も,実質的に給付奨学金と同様の機能を有する。
現在,高等教育進学がユニバーサル段階を迎え,高い学費負担に対して,多くの進学希望者が経済的に不安を抱かずに大学で学べるための奨学金制度のあり方が課題となっている。
著者: 白川優治
参考文献: 田中峰雄『知の運動―十二世紀ルネサンスから大学へ』ミネルヴァ書房,1995.
参考文献: 奨学金問題対策全国会議編『日本の奨学金はこれでいいのか!―奨学金という名の貧困ビジネス』あけび書房,2013.
[アメリカ]◎日本学生支援機構「米国における奨学制度に関する調査報告書」,2010.
[EU]◎駐日欧州連合代表部公式ウェブマガジン:http://eumag. jp/feature/b0614/
参考文献: European Commission, Erasmus-Facts, Figures & Trends. The European Union Support for Student and Staff Exchanges and University Cooperation in 2013/2014.
[日本]◎小林雅之編著『教育機会等への挑戦―授業料と奨学金の8カ国比較』東信堂,2012.
参考文献: 東京大学大学総合教育研究センター編『教育費負担と学生に対する経済的支援のあり方に関する実証研究』大総センターものぐらふ13,2015.
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報
研究や修学を援助するために貸与または給付される金員。専門の研究者に対して、優れた学術研究の援助のために与えられるものと、優れた能力をもちながら経済的理由で修学困難な者に対して、教育機会を保障するために育英制度の一環として貸与または給付されるものとがあり、一般には後者をさすことが多い。
[編集部]
…伝統的に育英制度とも呼ばれてきた。奨学金exhibitionという語はすでにローマ法のなかに見いだされる。イギリスにおいて今日のような意味で奨学事業が行われるようになるのは16世紀の末であり,指導者教育の機関として定評をもつパブリック・スクールは伝統的に学資免除の制度をもっている。…
※「奨学金」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
米テスラと低価格EVでシェアを広げる中国大手、比亜迪(BYD)が激しいトップ争いを繰り広げている。英調査会社グローバルデータによると、2023年の世界販売台数は約978万7千台。ガソリン車などを含む...
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