才能に恵まれながら,経済的に貧しいために教育の機会を得ることが困難な者に対して,社会が特別の援助を与える制度。伝統的に育英制度とも呼ばれてきた。奨学金exhibitionという語はすでにローマ法のなかに見いだされる。イギリスにおいて今日のような意味で奨学事業が行われるようになるのは16世紀の末であり,指導者教育の機関として定評をもつパブリック・スクールは伝統的に学資免除の制度をもっている。1896年および1902年の教育法は,地方教育当局による中等教育,さらには大学への奨学制度の整備を促進し,07年の教育法は公費の援助を受ける中等学校に対して総定員の25%にあたる無償席(無月謝入学者のための特別入学定員枠)を設けることを義務づけている。セシル・ローズの遺産により,オックスフォード大学へ進学するための学資を与えることを目的としたローズ・スカラシップは1903年に創設され,歴史を誇っている。日本における奨学制度の最古のものは勧学田の制度とされる。近代日本の奨学制度としては,1870年(明治3)の大学規則により,学問,品行に優秀なる子弟を選抜し,各藩の負担によって大学南校へ進学させた貢進生の制度が最初のものである。貢進生の制度は71年に廃止されたが,その後,旧藩は独自に育英会を組織し,なかでも78年に旧加賀藩主前田家によって設立された育英社はその先駆的なものとして有名である。
奨学制度はその理念によって,次のような諸類型に整理することができる。(1)才能に恵まれながら,貧困な経済的環境にある者の能力のうずもれることを惜しみ,慈恵的に行われるもの。富裕な個人あるいは団体によって行われる奨学事業の多くがこれにあたる。(2)国家的人材養成の観点から行われるもの。人材確保型奨学制度と呼ばれることもある。この場合には卒業後,一定の条件の下で国家の要請にこたえることを義務づけられることが多い。(3)機会均等型奨学制度。国民の権利の観点から教育の機会均等の実現をねらいとするもの。資本主義社会では,貧富の格差の深刻化に伴い,家庭の文化環境が子どもの発達に重大な影響を与えていることが注目され,貧困な家庭環境などにより成長・発達にハンディキャップをもつ者に対して,そのハンディキャップを補償するための特別の援助が必要であるとする補償教育と呼ばれる新しい教育の機会均等理念による奨学制度が実施される動向がみられる。アメリカの奨学制度は伝統的に機会均等型の制度を主としつつ,1958年の国家防衛教育法にもとづく連邦政府の奨学事業によって人材確保型の性格を強化してきたが,64年の〈貧困との闘い〉の宣言以降は,65年の高等教育法の教育機会奨学金など補償教育理念にもとづく奨学制度を充実させてきている。(4)俸給型奨学制度。イギリスおよび旧ソ連の奨学制度は高等教育機関の大部分の学生を対象とし,金額も学費および生活費をまかなうに足ることを目標とするにいたっている。イギリスでは90%以上の学生が公費奨学制度の対象とされ,親の収入の程度に応じて生活費を含む学費の不足分を公費をもって負担するという原則が確立している。第2次大戦前の日本の師範学校における給費制度も,師範学校生へ生活費を含む学費を支給するものであったが,それは陸海軍学校の給費生制度とならんで国家的人材養成の特殊な型態として行われたものであり,これら諸外国の奨学制度と同列に扱うことは不適当である。
現在,日本では日本育英会法による奨学制度が主たるものであり,国費をもって運用されている。現行制度の主たる性格は機会均等型に属するものとみなしうるが,日本育英会(2004年から独立行政法人・日本学生支援機構)は1943年に創設され,〈国家有用ノ人材ヲ育成スルコト〉を目的として掲げ,今日に至っており,人材確保型の性格を強く残している。また,先進諸外国の公的奨学制度が給与制を原則としているのに対して,日本育英会の奨学制度は貸与制が原則である。
執筆者:黒崎 勲
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