威光寺(読み)いこうじ

日本歴史地名大系 「威光寺」の解説

威光寺
いこうじ

[現在地名]福知山市字下佐々木

下佐々木(しもささき)集落の東北、出石(いずし)街道沿いにある。

山号宝城山、高野山真言宗、本尊薬師如来。草創については判然しないが、当寺蔵の「寺社御改ニ付一札」によれば、昌泰年中(八九八―九〇一)の草創、開山聖宝国師(理源大師)とし、「諸伽藍并寺院三拾六院御建立」、その後「天文年中、寺院諸伽藍共ニ悉ク焼失仕申処、施主阿富元経入道・住持勢鏡阿梨、本堂・二王門・寺院僅ニ六院取建申候」という。しかししだいに衰退して寛永三年(一六二六)には一院になったと記す。


威光寺
いこうじ

[現在地名]積丹郡積丹町大字美国町 小泊

通称寺町(てらまち)にある。真宗大谷派。本尊は阿弥陀如来。山号ははじめ後羊蹄山、ついで普照山・遍山となり、現在は照護山。寺町の観音堂に起居していた道房顕道は真宗大谷派の僧として布教、明治一四年(一八八一)説教所を建立。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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