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官吏公選 かんりこうせん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

官吏公選
かんりこうせん

慶応4 (1868) 年,政体書に定められた規定の一つ。公選というよりは互選であって,明治2 (69) 年5月に三等官以上の者が,輔相議定,六官知事,内廷知事,内廷職知事,参与などを選んだ。岩倉具視の提案に大久保利通が賛成して行われたもので,再選を認め,政府部内の対立緩和を目的としていた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

官吏公選
かんりこうせん

1869年(明治2)5月13日天皇の詔(みことのり)によって行われた官吏の選挙。三等官以上の上層官吏の公選によって、輔相(ほしょう)1名、議定(ぎじょう)4名、参与6名のほか、神祇(じんぎ)、民部、会計、軍務、外国、刑法の六官知事・副知事と内廷職知事を決めた。ただし輔相、議定、各官および内廷職知事の被選人は公卿(くぎょう)、諸侯に限られた。この公選は、政体書の「諸官四年ヲ以(もっ)テ交代ス公選入札ノ法ヲ用フ」という標榜(ひょうぼう)に基づくものであったが、当時政府には冗員が多く、その任用も情実に流れたため、その弊を改めるために大久保利通(としみち)、岩倉具視(ともみ)の発議によって実施されたものである。この結果開明的官僚が要職に進出したが、公選制はこのとき限りで終わった。[佐々木克]

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