ガルシアモレノ(その他表記)Gabriel García Moreno

改訂新版 世界大百科事典 「ガルシアモレノ」の意味・わかりやすい解説

ガルシア・モレノ
Gabriel García Moreno
生没年:1821-75

エクアドル政治家グアヤキル名門の家に生まれたが,キトの上流階級,特に聖職者・大土地所有者と結びグアヤキルの自由主義派と激しく対立した。キト市長を経て1861年に大統領になり,追放されたイエズス会との和解および初等教育教会委託遂行。69年に再選されると保守的憲法公布し,次第に独裁色を強めたため反モレノ運動が高まり,反対派に暗殺された。鉄道建設情熱を注ぎ,独裁者と愛国者の両面の評価を受けている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ガルシアモレノ」の意味・わかりやすい解説

ガルシア・モレノ
García Moreno, Gabriel

[生]1821.12.24. グアヤキル
[没]1875.8.6. キト
エクアドルの政治家。大統領 (在任 1861~65,69~75) 。 1861年に特異な半神権政治的な独裁制を創始,教会に教育の全権を与え,そのほかの国内問題にも強大な権限を付与した。農業生産の増大鉄道道路建設などに業績をあげたが,国内の自由主義思潮を押えられず,75年暗殺された。

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百科事典マイペディア 「ガルシアモレノ」の意味・わかりやすい解説

ガルシア・モレノ

エクアドルの政治家。大統領(在任1861年―1865年,1869年―1875年)。初代の大統領フロレスの養子。フロレスが追放したイエズス会と和解し,初等教育を委託。1869年には保守的憲法を公布。鉄道建設にも情熱をそそぐ。自由主義派の反発を招き,暗殺。

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世界大百科事典(旧版)内のガルシアモレノの言及

【エクアドル】より

…彼は教会を弾圧しイエズス会士の追放を進めた。1861年に始まる15年間は,その反動というべき宗教立国を政治原理とするガルシア・モレノ大統領が政権を握った。彼はイエズス会士を呼び戻し,軍国主義者に対抗して教会と地主の支持を求めた。…

※「ガルシアモレノ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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