日本大百科全書(ニッポニカ) 「小林信彦」の意味・わかりやすい解説
小林信彦
こばやしのぶひこ
(1932― )
小説家。東京・日本橋生まれ。早稲田大学文学部英文学科卒業。失業中に江戸川乱歩より声がかかり翻訳ミステリーの書評を担当することになる。1959年(昭和34)から63年まで『宝石』誌に「みすてりぃ・がいど」として連載。ほぼこれと同じ時期、新雑誌『ヒッチコック・マガジン』の初代編集長となり、このときより筆名を中原弓彦に。中原名義では映画・演劇・テレビ関係の評論に筆をふるう。『日本の喜劇人』(1972)は芸術選奨新人賞を受賞。ほかに『笑う男――道化の現代史』(1971)、『世界の喜劇人』(1973)などがある。
64年、処女長編小説『虚栄の市』(中原名義)を刊行。マスコミにもてはやされるスノッブ文化人を諷刺した、当時としては異色の作品だった。以後『汚れた土地』(1965)、『冬の神話』(1966)などを刊行。64年から79年にかけて「衰亡記」「唐獅子株式会社」「みずすましの街」で直木賞の、「丘の一族」「家の旗」「八月の視野」で芥川賞の、とそれぞれ3回ずつ候補にあがるも受賞には至らなかった。70年代に入ると積極的にエンターテインメントの分野でも活躍を始める。ことに『オヨヨ島の冒険』(1970)をはじめとする「オヨヨ大統領シリーズ」は世代を超えた人気を獲得。また名探偵を主人公としたミステリーのパロディー『神野推理氏の華麗な冒険』(1977)、やくざ組織が近代企業化することにより起こる悲喜劇を描く『唐獅子株式会社』(1978)、日本では珍しいコン・ゲーム(詐欺)小説『紳士同盟』(1980)などがある。
83年『夢の砦』を刊行するや、おりからの60年代ブームとも相まってベストセラーに。失業中の主人公・前野辰夫のもとに探偵作家・城戸草平から手紙が届き、創刊する新雑誌の編集をまかされる。草平は新しい形の翻訳探偵誌を創刊させるかたわら、当時ようやく台頭しはじめてきたテレビ界の仕事も精力的にこなしていく。作者自身の経験を投影させたこの大著は、60年代へのノスタルジーというよりも、青春の終焉を主題にした19世紀英文学の伝統にのっとった傑作であった。このほか、架空の外国人W・C・フラナガン原作をうたって日本文化を徹底的にからかった『ちはやふる 奥の細道』(1983)、『発語訓練』(1984)、南太平洋を舞台にしながらその実、日本の天皇制に触れる『ぼくたちの好きな戦争』(1986)、『世界でいちばん熱い島』(1991)、深夜放送からメディアの怪物が生まれるさまを描いた『怪物がめざめる夜』(1993)など、ミステリーから純文学まで幅広い活躍を続ける。また『地獄の読書録』(1980)、『小説世界のロビンソン』(1989)、『小説探検』(1993)など書評、読書論の分野でも活躍している。
[関口苑生]
『中原弓彦著『汚れた土地』(1965・講談社)』▽『中原弓彦著『笑う男――道化の現代史』(1971・晶文社)』▽『『発語訓練』(1984・新潮社)』▽『『道化師のためのレッスン』(1984・白夜書房)』▽『『小説探検』(1993・本の雑誌社)』▽『『虚栄の市』『オヨヨ島の冒険』『冬の神話』(角川文庫)』▽『『日本の喜劇人』『世界の喜劇人』『唐獅子株式会社』『神野推理氏の華麗な冒険』『紳士同盟』『夢の砦』『ちはやふる 奥の細道』『ぼくたちの好きな戦争』『小説世界のロビンソン』『世界でいちばん熱い島』『怪物がめざめる夜』(新潮文庫)』▽『『地獄の読書録』(ちくま文庫)』▽『『小林信彦の世界』(1981・別冊『新評』)』▽『『小林信彦の仕事』(1988・弓立社)』