尾張国郡司百姓等解(読み)おわりのくにぐんじひゃくせいらげ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「尾張国郡司百姓等解」の意味・わかりやすい解説

尾張国郡司百姓等解(全文)
おわりのくにぐんじひゃくせいらげ

尾張国(おわりのくに)の郡司(ぐんじ)・百姓等(ひゃくせいら)解(げ)し、申(もう)し請(こ)う官裁(かんさい)の事(こと)
  裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、当国(とうごく)の守(かみ)藤原朝臣元命(ふじわらのあそんもとなが)の、三箇年(かねん)が内(うち)に責(せ)め取(と)る非法(ひほう)の官物(かんもつ)并(ならび)に濫行横法(らんぎょうおうほう)卅一箇条(かじょう)の愁状(しゅうじょう)
1 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、例挙(れいこ)の外(ほか)に三箇年(かねん)の収納(すのう)、暗(そら)に以(も)て加徴(かちょう)せる正税(しょうぜい)卌三万千二百卌八束(そく)の息利(そくり)十二万九千三百七十四束(そく)四把(わ)一分(ぶ)の事(こと)
2 一、官符(かんぷ)の旨(むね)の任(まま)に裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、租税(そぜい)・地子田(ちしでん)を別(わか)たず、偏(ひと)えに租税田(そぜいでん)に准(じゅん)じて加徴(かちょう)する官物(かんもつ)の事(こと)
3 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、官法(かんぽう)の外(ほか)に、意(こころ)の任(まま)に加徴(かちょう)せる租穀(そこく)段別(たんべつ)三斗(と)六升(しょう)の事(こと)
4 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)、正税利稲(しょうぜいりとう)の外(ほか)に率徴(そっちょう)する由無(よしな)き稲(いね)の事(こと)
5 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、例数官法(れいすうかんぽう)の外(ほか)に加徴(かちょう)する段別(たんべつ)の租税(そぜい)・地子(ちし)准穎(じゅんえい)十三束(ぞく)の事(こと)
6 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、進(まい)らする所(ところ)の調絹(ちょうけん)の減直(げんじき)并(ならび)に精好(せいごう)の生糸(すずしのいと)の事(こと)
7 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、交易(きょうやく)と号(なづ)けて誣(し)い取(と)る絹(きぬ)・手作布(てづくりのぬの)・信濃布(しなののぬの)・麻布(あさぬの)・柒(うるし)・油(あぶら)・苧(からむし)・茜(あかね)・綿等(わたなど)の事(こと)
8 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、代々(よよ)の国宰(こくさい)の分附(ぶんづけ)せる新古(しんこ)の絹(きぬ)・布(ぬの)并(ならび)に米穎等(べいえいなど)を、郡司(ぐんじ)・百姓(ひゃくせい)の烟(かまど)自(よ)り責(せ)め取(と)る事(こと)
9 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)の、三箇年(かねん)の間(あいだ)に、毎月(まいげつ)借絹(かりぎぬ)と号(なづ)けて誣(し)い取(と)る諸郡(しょぐん)の絹(きぬ)千二百十二疋(ひき)、并(ならび)に使々(しし)の副(そ)え取(と)る土毛(どもう)の事(こと)
10 一、裁恤(さいじゅつ)を被(こうむ)らんと請(こ)う、毎年(まいねん)物実(ぶつじつ)を下行(げぎょう)せずして官帳(かんちょう)に立用(りゅうよう)せる、在路救民(ざいろきゅうみん)三箇年(かねん)の(りょう)の籾(もみ)百五十石(こく)の事(こと)
11 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、宛行(あてが)わざる諸駅(しょえき)の伝食(でんじきりょう)并(ならび)に駅子口分田(えきしくぶんでん)百五十六町(ちょう)の直(あたい)の米(こめ)の事(こと)
12 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、下行(げぎょう)せざる三箇所(かしょ)の駅家(うまや)の雑用(ぞうよう)准穎(じゅんえい)六千七百九十五束(そく)の事(こと)
13 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、宛行(あてが)わざる三箇年(かねん)の池溝(ちこう)并(ならび)に救急稲(くきゅうりょうとう)万二千余束(よそく)の事(こと)
14 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、御調(みちょう)の絹(きぬ)の旬法(じゅんぽう)の符(ふ)に放(なら)わずして、五六日(にち)を隔(へだ)てて、面々使々(めんめんしし)を部内(ぶない)に放(はな)ち入(い)れ勘徴(かんちょう)せしむるの事(こと)
15 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)の、田(た)の直(あたい)の代(しろ)と号(なづ)けて、所部(くにのうち)の上中下(じょうちゅうげ)より徴(はた)り納(おさ)むる麦(むぎ)の事(こと)
16 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、雑使等(ぞうしら)を入部(にゅうぶ)せしめて責(せ)め取(と)る所(ところ)の雑物(ぞうもつ)の事(こと)
17 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、旧年用残(きゅうねんようざん)の稲穀(とうこく)を以(も)て京宅(けいたく)に舂(うすつ)き運(はこ)ばしむるの事(こと)
18 一、停止(ちょうじ)を被(こうむ)らんと請(こ)う、蔵人所(くろうどどころ)の召(めし)有(あ)りと号(なづ)けて、例貢進(れいくしん)の外(ほか)に加徴(かちょう)する漆(うるし)拾余石(よこく)の事(こと)
19 一、裁定(さいじょう)を被(こうむ)らんと請(こ)う、馬津(うまづ)の渡(わたり)に船(ふね)無(な)きに依(よ)り、所部(くにのうち)の少船(しょうせん)并(ならび)に津(つ)の辺(ほとり)の人(ひと)を以(も)て渡(わた)し煩(わずら)わしむるの事(こと)
20 一、裁定(さいじょう)を被(こうむ)らんと請(こ)う、三分以下品官以上(さんぶいげほんかんいじょう)の国司等(こくしら)の公廨俸稲(くげほうりょうとう)を下行(げぎょう)せざるの事(こと)
21 一、裁糺(さいきゅう)を被(こうむ)らんと請(こ)う、下行(げぎょう)せざる書生(しょしょう)并(ならび)に雑色人等(ぞうしきにんら)の毎日(まいにち)の食(じきりょう)の事(こと)
22 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、不法(ふほう)の賃(ちん)を以(も)て京宅(けいたく)に運上(うんじょう)せしむる白米(はくまい)・糒(ほしいい)・黒米(こくまい)并(ならび)に雑物等(ぞうもつなど)の事(こと)
23 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、旧例(きゅうれい)に非(あら)ずして、国(くに)の雑色人(ぞうしきにん)并(ならび)に部内(ぶない)の人民等(じんみんら)に、夫馬(ふうば)を差(さ)し負(おお)せて、京都(きょうと)朝妻(あさづま)の両所(りょうしょ)に、雑物(ぞうもつ)を運送(うんそう)せしむるの事(こと)
24 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、下行(げぎょう)せざる国分尼寺(こくぶんにじ)の修理料稲(すりりょうとう)万八千束(ぞく)の事(こと)
25 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、下行(げぎょう)せざる講読師(こうどくし)の衣供(えぐ)并(ならび)に僧尼等(そうにら)の毎年(まいねん)の布施稲(ふせとう)万二千余束(よそく)の事(こと)
26 一、裁定(さいじょう)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)の、庁(ちょう)の務(まつりごと)無(な)きに依(よ)りて、郡司(ぐんじ)百姓(ひゃくせい)の愁(うたえ)を通(かよ)わし難(がた)きの事(こと)
27 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)の子弟(してい)郎等(ろうとう)の郡司(ぐんじ)百姓(ひゃくせい)の手(て)自(よ)り乞(こ)い取(と)る雑物(ぞうもつ)の事(こと)
28 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)の息男(そくなん)頼方(よりかた)、国内(こくない)に数疋(すうひき)の夫駄(ふうだ)を宛(あ)て負(おお)せ、其(そ)の功物(こうもつ)に絹(きぬ)の色(しき)を以(も)て強(し)いて責(せ)め取(と)るの事(こと)
29 一、永(なが)く停止(ちょうじ)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)の子弟(してい)并(ならび)に郎等(ろうとう)の、郡司(ぐんじ)・百姓毎(ひゃくせいごと)に誣(し)い作(つく)らしむる佃(つくだ)数百町(すひゃくちょう)のの獲稲(かくとう)の事(こと)
30 一、裁断(さいだん)を被(こうむ)らんと請(こ)う、守(かみ)元命朝臣(もとながあそん)、京(みやこ)自(よ)り下向(げこう)する度毎(たびごと)に引率(ひきい)る有官(うかん)散位(さんい)の従類(じゅうるい)同(おな)じき不善(ふぜん)の輩(ともがら)の事(こと)
31 一、裁糺(さいきゅう)を被(こうむ)らんと請(こ)う、去(い)ぬる寛和(かんわ)三年厶月厶日(ぼうげつぼうじつ)を以(も)て、諸国(しょこく)に下(くだ)し給(たま)える九箇条(かじょう)の官符(かんぷ)の内(うち)、三箇条(かじょう)を放(はな)ち知(し)らしめ、六箇条(かじょう)を下知(げち)せしめざるの事(こと)
(阿部猛著『尾張国解文の研究』による。真福寺本により、一部他の写本で補う)


尾張国郡司百姓等解
おわりのくにぐんじひゃくせいらげ

988年(永延2)11月8日付けで尾張国(愛知県西部)の郡司、百姓らが国守藤原元命(ふじわらのもとなが)の非法(ひほう)、横法(おうほう)を朝廷に訴え、その解任を要求した31か条よりなる文書で、尾張国解文(げぶみ)、尾張国申文(もうしぶみ)ともいう。和風漢文の四六駢儷体(しろくべんれいたい)を用いたかなりの名文で、実際に郡司、百姓らの手になるものか疑問視され、京都の学者、官人の作文かともいわれるが、僧侶(そうりょ)の作文とみられなくもない。幾種類かの写本が現存するが、主要なものは、1281年(弘安4)書写の早稲田(わせだ)大学蔵本、1311年(応長1)書写の東京大学蔵本、25年(正中2)書写の真福寺宝生院(しんぷくじほうしょういん)蔵本、53年(文和2)書写本に基づく改訂史籍集覧本などである。

 訴えの内容は多岐にわたるが、規定より多くの正税(しょうぜい)、官物(かんもつ)を徴収する、絹、生糸、布などの買上げ価格が不当に低い、正税帳などの帳簿に虚偽の記載をしている、駅(うまや)の費用を適正に支出しない、池溝(ちこう)修理料や救急料を支出しない、子弟、郎等を使者として郡郷に入れ、種々の名目で雑物(ぞうもつ)を徴収する、官物の残りを京都の私宅に運ばせる、国衙(こくが)の官人の給与を支払わない、国分尼寺(こくぶんにじ)の修理料を支出しない、郡司、百姓らの訴えに耳をかさない、百姓を使役して多くの佃(つくだ)を経営している、自分に都合の悪い国の法令を公布しないなど、信じがたいほどの非法、横法の限りを尽くしているという。当時の地方政治のようすをうかがう貴重な史料である。藤原元命は、翌989年(永祚1)4月5日の除目(じもく)で解任された。

[阿部 猛]

『阿部猛著『尾張国解文の研究』(1971・大原新生社)』『阿部猛著『摂関政治』(教育社歴史新書)』


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