尾瀬沼・尾瀬ヶ原(読み)おぜぬま・おぜがはら

日本歴史地名大系 「尾瀬沼・尾瀬ヶ原」の解説

尾瀬沼・尾瀬ヶ原
おぜぬま・おぜがはら

尾瀬は檜枝岐村と群馬県片品(かたしな)村にまたがり、一部は新潟県湯之谷(ゆのたに)村に及ぶ。景鶴(けいづる)山・大白沢(おおしらさわ)山・日崎(ひさき)山(岳ヶ倉山)・至仏(しぶつ)山・アヤメ平(だいら)・檜高(ひだか)山・燧(ひうち)ヶ岳など標高二〇〇〇メートル内外の山々に囲まれた盆地で、ここに尾瀬沼と尾瀬ヶ原がある。国有林と民有林からなり、総面積約八六〇〇ヘクタール。日光国立公園の一部をなし、国指定特別天然記念物。

尾瀬沼は檜枝岐村と片品村にまたがり、湖面標高は一六六〇メートル前後、長径約二キロ・短径約一キロ、面積約一・八四平方キロ、最深部は豊水期で九メートル強。北西の燧ヶ岳火山の噴出物による堰止湖で、アオモリトドマツを主とする針葉樹林帯にあり、北方に湖の一部が陸化してできたと推定される湿原が広がる。湖水は北西の沼尻(ぬまじり)から沼尻川となって流出、西方尾瀬ヶ原を蛇行しながら流れ、ヨッピ川と合流する。また南端の三平(さんぺい)下から東京電力の導水路によって片品川の支流ナメ沢へも流出。生息している魚類はイワナ、ヒメマス、ワカサギ、フナ、ウグイなど、大正から昭和にかけて放流されたものが多い。湖面は一一月末頃から五月半ば頃まで結氷。

古くから会津と上州とは檜高山・三平峠・皿伏(さらぶせ)山(一九〇六・八メートル)を結ぶ稜線を境としていたが、上田(うえだ)銀山の発見に伴い国境争論が起こった。


尾瀬沼・尾瀬ヶ原
おぜぬま・おぜがはら

尾瀬は利根郡片品村と福島県南会津郡檜枝岐(ひのえまた)村にまたがり、一部は新潟県北魚沼(きたうおぬま)郡湯之谷(ゆのたに)村に及ぶ。景鶴(けいづる)山・大白沢(おおしらさわ)山・日崎(ひさき)山(岳ヶ倉山)・至仏(しぶつ)山・アヤメ平(だいら)・檜高(ひだか)山・燧(ひうち)ヶ岳など標高二〇〇〇メートル内外の山々に囲まれた盆地で、ここに尾瀬沼と尾瀬ヶ原がある。国有林と民有林からなり、総面積約八六〇〇ヘクタール。日光国立公園の一部をなし、国の特別天然記念物に指定されている。

尾瀬沼は片品村と檜枝岐村にまたがり、湖面標高は一六六〇メートル前後、長径約二キロ、短径約一キロ、面積約一・八四平方キロ、最深部は豊水期で九メートル強。北西の燧ヶ岳火山の噴出物による堰止湖で、アオモリトドマツを主とする針葉樹林帯にあり、北方に湖の一部が陸化してできたと推定される湿原が広がる。湖水は北西の沼尻(ぬまじり)から沼尻川となって流出、沼尻川は西方尾瀬ヶ原を蛇行しながら流れ、ヨッピ川と合流する。また南端の三平(さんぺい)下から東京電力の導水路によって片品川の支流ナメ沢へも流出。生息している魚類はイワナ、ヒメマス、ワカサギ、フナ、ウグイなど、大正から昭和にかけて放流されたものが多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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