岡町村
おかまちむら
[現在地名]豊中市岡町
轟木村の東、豊中台地のほぼ中央部にあって、現豊中市域の中心部にも位置している。上新田村・熊野田村を通り、岡町から伊丹(現兵庫県伊丹市)へ抜ける伊丹道と、大坂から池田(現池田市)・能勢へ抜ける能勢街道(池田道)が交差する十字路上の原田神社境内のうち、神社北側の能勢街道沿いに形成された在郷町。近世には原田神社除地として無石高であり、知行単位の一村としては認められていない。岡町の地名については、岡山村からはじめて願出て移住したので、岡山村の岡から名をとったという(豊中市史)。また岡は丘であり丘墳の多いところからおこったという説もある(大阪府全志)。「岡丁之儀ハ万二寛文之比、銘々領主地頭へ御願申、社地地かり仕、七ケ村之内より出在家仕事、並七ケ村より借家仕、店かり人差置候様有之事」(天和二年「覚」野口家文書)とあり、万治―寛文(一六五八―七三)頃から居住が始まり、原田神社を産土神とする原田(梨井・中倉・角・南町)・桜塚・岡山・福井・曾根・勝部・走井の原田郷七ヵ村から人が集まったとしている。その支配は原田郷庄屋による交替制の年番年寄制であった。
岡町村
おかまちむら
[現在地名]青森市岡町
東は油川村、南は新城村、西は中山山脈で飯詰村(現五所川原市)、北は羽白村に接する。
貞享四年(一六八七)の検地帳によれば、村高二三二・八四四石、うち田方二一〇・八二二石、畑方二二・〇二二石とある。元禄三年(一六九〇)には油川組に属し、村位は中である(平山日記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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