岡野松寿(初代) おかの-しょうじゅ
?-1708 江戸時代前期の人形彫刻師。
大和(奈良県)の西大門に住む檜物(ひもの)師(檜,杉などの材で曲げ物をつくる職人)といわれる。祭具製作の余暇に高砂の翁(おきな)・嫗(おうな)の人形をつくり,奈良人形の祖とされる。子孫は代々松寿と称した。宝永5年8月10日死去。通称は平右衛門。
岡野松寿(9代) おかの-しょうじゅ
1754-1824 江戸時代後期の人形彫刻師。
宝暦4年生まれ。8代岡野松寿の弟。奈良人形の名手で,従来の粗雑な彫りに改良をくわえ,能人形,雛人形,鹿の香合などの作品をのこした。文政7年9月10日死去。71歳。大和(奈良県)出身。名は保伯。通称は平三郎。号は漁月。
岡野松寿(10代) おかの-しょうじゅ
1768-1826* 江戸時代後期の人形彫刻師。
明和5年生まれ。奈良人形の彫刻の名手として知られ,作品にはかならず「恥」の字の花押をきざんだといわれている。文政8年12月死去。58歳。名は保久。通称は万平。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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世界大百科事典(旧版)内の岡野松寿の言及
【奈良人形】より
…木彫彩色の小型人形。木彫人形の多くは木地に胡粉(ごふん)塗,盛りあげ彩色,または裂(きれ)地などを着せ付けるが,この人形は素材を生かして木彫の味を表現したのが特徴である。一刀彫技法を用いているので,〈奈良の一刀彫〉ともいう。江戸時代初期に奈良春日神社の祭具の島台や田楽(でんがく)法師の笛役の笠などに付けた高砂の翁姥(おきなおうな)や猩々(しようじよう)などの人形になぞらえて,奈良西御門町の春日檜物職(ひものしよく)岡野平右衛門(松寿)が,家業のかたわらこの人形製作をしたのが始まりという。…
※「岡野松寿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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