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島田虎之助 しまだ とらのすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島田虎之助 しまだ-とらのすけ

1814-1852 江戸時代後期の剣術家。
文化11年4月3日生まれ。豊前(ぶぜん)中津藩(大分県)藩士の子。藩の剣術師範堀次郎左衛門にまなび,各地を武者修行。江戸の直心影流男谷(おだに)精一郎の門にはいり,免許皆伝をうける。浅草新堀に道場をひらき,剣心一致を説いた。門下に勝海舟らがいる。嘉永(かえい)5年9月16日死去。39歳。名は直親。号は見山,峴山。

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世界大百科事典 第2版の解説

しまだとらのすけ【島田虎之助】

1814‐52(文化11‐嘉永5)
江戸時代末期の剣術家。直心影流の達人。字(あざな)は直親,号は峴山。豊前中津藩士の家に生まれた。16歳ころから剣に志し,諸国を遍歴して腕をみがいた。1837年(天保8)江戸に出て男谷精一郎の門に入り,43年深川霊岸島に道場を開いた。彼は儒者,禅僧とも交わって,正しい心をもって剣を修行することを説き,儒と剣の一致をわかりやすく子弟に教えた。勝海舟の少年時代の師でもあった。【中林 信二】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

島田虎之助
しまだとらのすけ
(1814―1852)

幕末の剣術家。名は直親(なおちか)、硯山(見山)(けんざん)と号した。豊後(ぶんご)中津藩の下級士族島田市郎右衛門親房(ちかふさ)の四男で、幼少より剣を好んだという。13歳のとき、藩の剣術師範役、外他一刀(とのだいっとう)流の堀次郎左衛門のもとに入門。ここで断然頭角を現し、1832年(天保3)北九州、翌年南九州を歴遊、その後も近畿、山陽道に武者修行を続け、37年の冬江戸に向かった。翌年春、直心影(じきしんかげ)流男谷(おだに)精一郎と巡り会い、その内弟子となって免許皆伝を許され、40年の東北歴遊後、独立して、浅草新堀に道場を開き、直心影流島田派と称した。その指導方針は剣心一致の精神を重んじ、門下に勝麟太郎(かつりんたろう)、真角勝輔(まかどかつすけ)(筑前(ちくぜん))らを出した。[渡邉一郎]

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