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崔白 さいはく

百科事典マイペディアの解説

崔白【さいはく】

中国,11世紀後半に活躍した北宋の宮廷画家。生没年不詳。字は子西。安徽省の人。花竹【れい】毛(れいもう)が得意で,俗気と皮相的写実を排し,自己の内面でとらえた自然の真実の姿を色彩本位に表現。
→関連項目院体画

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世界大百科事典 第2版の解説

さいはく【崔白 Cuī Bó】

中国,北宋の画家。生没年は不詳。字は子西。濠梁(安徽省鳳陽)の人。道釈人物画にも優れていたが,ことに花鳥画を得意とし,後世では花鳥の専門家と目されている。熙寧年間(1068‐77)画院の芸学に補せられたが固辞し,御前祗応(しおう)に任ぜられた。活躍期は11世紀後半と考えられる。写生を基本としたその花鳥画は,装飾的な黄氏体が主導的な画院の花鳥画に新しい変革をもたらしたと考えられている。【戸田 禎佑】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

崔白
さいはく

生没年不詳。中国、北宋(ほくそう)の画家。北宋の花鳥画は神宗朝に最高潮に達したが、艾宣(がいせん)とともにその神宗画院の花鳥画を代表する。濠梁(ごうりょう)(安徽(あんき)省鳳陽(ほうよう)県北東)の出身。字(あざな)は子西。煕寧(きねい)の初め(1070ころ)神宗が画院学芸にしようとしたが辞退したという。しかし画院関係の画作に従事し、紫宸殿屏(ししんでんへい)に竹を描くなど官衙(かんが)宮殿の壁屏の大画面制作を行っている。鬼神、布袋(ほてい)、羅漢(らかん)など道釈画をよくしたが、また花鳥、竹を得意とし、とくに雁(がん)など水鳥に優れていた。画院の花鳥画は装飾的な黄氏体(こうしたい)を継承していたが、崔白は徐氏体といわれる没骨(もっこつ)風の描写で汀花(ていか)、野竹、水魚などを描いて、画院の画風に変化をもたらしたらしい。『仏日庵(あん)公物目録』によれば、鎌倉時代に日本にも崔白画が伝来しているが、現在彼の真筆は知られず、わずかに『雙喜図』『竹鴎図』(台北・故宮博物院)がその作風をうかがわせている。[星山晋也]

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