朝日日本歴史人物事典 「嵐吉三郎(初代)」の解説
嵐吉三郎(初代)
生年:元文2(1737)
江戸中期,上方の歌舞伎役者,座本。屋号岡島屋。俳名里環。2代目嵐勘四郎の門弟。宝暦1(1751)年には竹田吉三郎の名で大坂出羽芝居への出勤が確かめられる。浜芝居の大立者となったのち,8年に嵐吉三郎と改め,大芝居大坂桐の谷秀松座に登場。立役を勤め,上上吉に上る前に没した。大柄で器量よく愛敬があり,和らかみのある芸風で和事,実事,武道事,ちゃり事(滑稽みのある演技)ほか何でも器用にこなしたが,しかし鈍重であった。男伊達や相撲取りの役を本領とし,当たり役は「淀屋橋喧嘩」の早川,「双蝶々曲輪日記」の濡髪長五郎など。<参考文献>『歌舞伎評判記集成』2期
(上野典子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報