常染色体優性多発性囊胞腎

内科学 第10版 の解説

常染色体優性多発性囊胞腎(囊胞性腎疾患)

(1)常染色体優性多発性囊胞腎(autosomal domi­nant polycystic kidney disease:ADPKD)
定義・概念
 PKD遺伝子の変異により両側腎臓に多発性の囊胞が進行性に発生・増大し,腎機能が低下する,最も頻度の高い遺伝性腎疾患である.
遺伝形式・原因・病因
 常染色体優性遺伝.85%の患者がPKD1(16p13.3),15%の患者がPKD2(4q21)遺伝子変異をもつ.家族歴がなく,突然変異として新たに発症する場合もある.優性遺伝した変異のみでは発症しない.尿細管細胞において,正常であるはずのもう一対のPKD遺伝子に体細胞変異が起こり,PKD1あるいはPKD2遺伝子の機能が完全に喪失することにより発症する(ツーヒット説).
病態生理
 PKD1蛋白であるポリシスチン1(PC1)は膜貫通型受容体,それに結合するPKD2蛋白であるポリシスチン2(PC2)はカルシウム(Ca)チャネルである.両者は尿細管上皮細胞の繊毛cilia)に局在し,PC1が尿流を感知するセンサーとしてシグナルをPC2に伝達すると,細胞内にCaが流入し,尿細管の太さ(径)が調節される.体細胞変異によりPC1あるいはPC2の機能が喪失すると,細胞内Ca濃度が減少する.その結果,サイクリックAMPcAMP),哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)などが増加し,尿細管上皮細胞増殖,液貯留が起こり,囊胞が形成される.これらの囊胞は徐々に増大し,腎臓は腫大する.同時にネフロンは減少し,囊胞周囲は線維化し,腎機能が低下する.なお,囊胞性腎疾患の多くの原因分子が局在する,繊毛の機能不全により囊胞が形成されることが判明し,「繊毛病(ciliopathy)」という新しい疾患概念が提唱されている.
疫学(発生率・統計学的事項)
 3000~7000人に1人と考えられている.わが国の透析導入原疾患で2~3%を占める.
臨床症状
 ほとんどが30~40歳代まで無症状で経過する.
1)自覚症状:
初発症状としては外傷後(体に衝撃を与えるスポーツなど)の肉眼的血尿,腹痛・腰背部痛などが多い.急性の疼痛は囊胞感染や腎実質の感染,尿路結石,囊胞出血が原因となる.慢性の疼痛は,より腎腫大が進行した症例に多く,腎被膜の伸展や腎門部血管系の牽引が原因となる.腹痛(61%)より腰痛(71%)の方が多い.腎腫大,肝腫大が進行すると,腹部圧迫症状として腹部膨満感や食欲不振などを認める.
2)他覚症状:
高血圧が重要である.腫大した腎臓や肝臓を腹部腫瘤として触知する.
検査成績
1)尿検査:
肉眼的血尿の頻度が高く,経過中に35~50%の患者に認められる.通常,顕微鏡的血尿や蛋白尿は認めても軽度である.
2)腎機能:
腎機能低下早期より尿濃縮力障害を認める.進行すると,血清クレアチニン値の上昇,糸球体濾過値の低下が認められる.
3)超音波・CT・MRI検査(図11-13-1):
辺縁整で円形の透明液体を示す多発囊胞を認める.進行すると囊胞により腫大した腎臓を認める.
診断・鑑別診断
 多くは家族歴があり,超音波,CT,MRIにより容易に診断される.40歳代で診断されることが多い.国内外の診断基準については,厚労省の多発性囊胞腎診療指針(2010年8月)を参照されたい.遺伝子診断は,PKD1,PKD2の遺伝子解析が容易でなく,発症前診断の有用性がないため,一般的には行われない.表に示した囊胞性腎疾患が鑑別の対象となる.
合併症
1)高血圧(50~80%):
腎機能正常のときから認めることが多く,発症年齢は本態性高血圧よりも若い.囊胞の増大が腎内血管系を圧迫し,虚血や髄質部障害によりレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)が刺激されることが成因の1つとされる.
2)肝囊胞(80%):
男性に比較し女性,さらに経産婦で肝囊胞の増大は顕著な傾向にある.通常,無症状で肝機能障害を伴うことはない.囊胞感染や囊胞出血のために急性の腹痛・側腹部痛の原因となることがある.巨大な多発性囊胞肝(polycystic liver diseasePLD)になり,著しい腹部膨満を呈することがある.
3)囊胞出血:
囊胞壁の細血管の破綻による.出血による肉眼的血尿のほとんどは安静と輸液などの保存的治療で数日以内に消失する.
4)囊胞感染(30~50%):
高熱,腹痛(感染囊胞に一致した限局性疼痛)を認める.Gram陰性桿菌(大腸菌など)による感染が多いが,尿培養はしばしば陰性である.血液や囊胞穿刺液の培養が有用である.閉鎖腔の感染のため難治性となり再燃を繰り返すこともあり,囊胞ドレナージなどを積極的に行う.
5)尿路結石(10~20%):
疼痛,血尿を認める.結石を合併する患者の腎容積は大きく,尿酸含有結石が多い.単純CTが有用である.
6)脳動脈瘤:
家系内集積する傾向があり,頻度は脳動脈瘤の家族歴がある場合で約16%,家族歴がない場合で約6%である(一般1%).脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の頻度は一般の約5倍で,発症年齢は41歳と若い(一般51歳).スクリーニングはMRAにより行われる.
7)その他:
他臓器(膵臓,脾臓,くも膜など)の囊胞や僧帽弁逸脱症,大腸憩室,鼠径ヘルニアなども合併することがある.
経過・予後
 多数~無数の囊胞により腎腫大が顕著になるまで,糸球体濾過値はネフロンの代償のため正常である.40歳頃から糸球体濾過値が低下し始め,約70歳までに半数の患者が末期腎不全に至る.その低下速度は平均4.4~5.9 mL/分/年である.腎機能に影響する因子は,遺伝因子(PKD1の方がPKD2より進行が速い),高血圧,尿異常の早期出現,男性,腎容積やその増大速度,左心肥大,蛋白尿などである.
治療
 根本的治療法は確立していない.ただ腎臓の尿細管上皮細胞においてcAMP産生を抑制するバソプレシン受容体拮抗薬の臨床治験が進行中である.腎機能が正常な場合はバソプレシン分泌を刺激する渇水にならないように飲水の励行が奨められる.蛋白制限食が有効とのエビデンスはない.降圧薬はアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)などのRAAS阻害薬が第一選択である.腎代替療法として血液透析,腹膜透析,腎移植が行われる.透析導入後,尿量が減少し,腎腫大が著しい場合には腎動脈塞栓療法(TAE)も行われる.[望月俊雄]
■文献
Liapis H, Winyard P: Cystic diseases and developmental kidney defects. In: Heptinstall’s Pathology of the Kidney, 6th ed (Jennette JC, Olson JL, et al eds), pp1257-1306, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2007.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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