食欲(読み)ショクヨク(その他表記)appetite

翻訳|appetite

デジタル大辞泉 「食欲」の意味・読み・例文・類語

しょく‐よく【食欲/食×慾】

何かを食べたいと思う欲望。食い気。「―がわく」「―をそそる」「―不振」
[類語]食い気食い意地もりもりがぶっとがぶりぱくっとぱくりもぐもぐもごもごがつがつぱくぱくばくばくむしゃむしゃがっつくむさぼるむさぼり食う詰め込む大食い食い道楽ぺろっとぱくつくかき込む平らげる舌なめずりのどが鳴る空腹ぺこぺこ腹ぺこ

じき‐よく【食欲】

仏語。食物に対する欲望。

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精選版 日本国語大辞典 「食欲」の意味・読み・例文・類語

じき‐よく【食欲】

  1. 〘 名詞 〙 ( 「じき」は「食」の呉音 ) 仏語。四欲の一つ。衆生がうまいものを飲食したいと思う欲望。
    1. [初出の実例]「どこも同けれども、天竺は婬慾が熾に、支那は食慾、日本は財慾と云ぞ」(出典:史記抄(1477)一七)
    2. [その他の文献]〔法苑珠林‐二〕

しょく‐よく【食欲・食慾】

  1. 〘 名詞 〙 食物を食べたいという欲望。くいけ。
    1. [初出の実例]「支那は食慾、日本は財欲と云ぞ」(出典:史記抄(1477)一七)
    2. 「そのうち秋は高くなる。食慾(ショクヨク)は進む」(出典:三四郎(1908)〈夏目漱石〉四)

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改訂新版 世界大百科事典 「食欲」の意味・わかりやすい解説

食欲 (しょくよく)
appetite

生理学的には,多分に後天的に学習や条件反射によって獲得された,特定の食物を食べたいという欲求と定義される。似たような言葉に空腹感や飢餓感があるが,これらは一般的な食物摂取の不足からくる,食物一般,主として固形食物を食べたい欲求をさし,厳密には食欲とは区別すべきものである。しかし,一般に食欲といえば空腹感の意味で用いられることが多いので,ここでは食欲と空腹感を同義語として扱い,以下解説する。

すべての動物は個体および種族の維持に基本的な学習によらない生得的に備わった本能(食欲,飲欲,性欲など)を有している。食欲は個体の生命維持に不可欠な本能の一つであり,食欲および満腹感の発生によって,動物は摂食量を調節する。健康なヒトや動物は極端に太ったり,やせたりすることはない。それは,筋肉運動,身体の成長,髪の毛やつめ,血液などのような組織の更新,熱などとして失うエネルギー量に等しいエネルギー源を外界から摂取し,エネルギー出納の平衡を維持しているからである。摂食の過剰は肥満をきたし,心臓血管系の障害や糖尿病など諸種疾患の原因となり,不足は体重減少をきたし,長く続けば死をまねく。したがって,すべての動物はいろいろな必要性に応じて摂食を行う。そのような必要性は,仕事の量,年齢,性,食習慣,嗜好,健康状態,食物の栄養価,気分,感情や,季節,天候,空気の乾湿などの外界条件,さらには雰囲気にいたるまで,多くの因子に左右される。これら摂食調節には短期および長期調節があり,その基礎をなすのが食欲および満腹感である。

摂食不足により体内エネルギー源が減少すると,食欲が発生し,摂食行動を引き起こす。十分に食べたら満腹感が発生し,摂食行動は停止する。食欲発生に関与する身体内部環境情報としては血糖値(血中ブドウ糖濃度で,生体にとって最も重要なエネルギー源),インシュリンなどの濃度減少や遊離脂肪酸アドレナリンノルアドレナリングルカゴンACTH副腎皮質刺激ホルモン),成長ホルモンなどの濃度上昇,胃の空腹収縮などがある。満腹感の発生に関与する内部環境情報としては,血中各物質の濃度が空腹時とは逆方向に変化することや食物消化時の特殊力源作用による体温上昇,胃壁の伸展による幽門部付近の動き受容器の刺激などがある。

摂食調節の基礎となる食欲および満腹感の発生については,大きく分けて胃や腸などで起こるとする末梢説と,脳,とくに視床下部で起こるとする中枢説がある。実際には,両説を総合した説が最も妥当であるが,1950年以降の多くの研究結果から中枢説がより重視されている。

1912年にW.B.キャノンらは胃が空のときに起こる強い胃の空腹収縮が空腹痛を生じ,これが食欲の発生に直接に関係するという見解を出した。その後,16年にL.カールソンはこの見解をさらに進めて,食欲や満腹感は胃収縮の強弱や有無によって形成され,それが迷走神経を介して脳へ伝えられるという説をたてた。これが末梢説である。しかし,ヒトや動物で胃の神経を全部切除したり,胃を全部摘出しても食欲にはほとんど影響しないことが多い。したがって胃の収縮度合や内容物の多少など末梢性要因も食欲や満腹感発生の一因ではあるが,本質的な要因ではない。すでにC.S.シェリントンが,末梢説が出される前の1900年に〈食欲は,胃はもちろん含まれるとしても,大脳皮質下で起こる現象だろう〉と述べているのは注目に値する。

すでに1800年代中ごろから1900年代初期にかけて,摂食の調節に関与するのは脳の最深部に位置する視床下部であることを示唆するいくつかの報告があった。たとえば,1840年のモーによる視床下部性肥満症例,1901年のA.フレーリヒによる脳下垂体囊腫のある少年の肥満と性器発育不全を主徴とするいわゆるフレーリヒ症候群とその脳下垂体機能異常との密接な関連性,04年のエルドハイムによるフレーリヒ症候群が脳下垂体性ではなくて視床下部性であるという見解など,ヒトの臨床病理学的所見に基づく記載がある。一方,1910年代以降,動物を用いた研究も行われ,イヌやネズミの破壊実験に基づく視床下部と肥満の密接な関連性について報告された(1930)。しかし,脂肪症が脳下垂体性ではなく視床下部性であることが明確になったのは,39年および40年にA.W.ヘザリントンとS.W.ランソンが1908年に開発された脳定位固定装置を用いてネズミの視床下部を限局して破壊し,脳下垂体が無傷でも肥満の起こることを実証してからである。その後,この研究結果は多くの研究者によりネズミ,ネコ,サルについて確認された。そして,51年になると,B.アナンドらがラットやネコの視床下部外側野の両側を破壊すると,餌や水を全然とらなくなる(無食症,無飲症)ことを明らかにした。同時に彼らは両側腹内側核を破壊すると過食となり(過食症),肥満することも確認した。これらの実験結果から,彼らは視床下部外側野は摂食中枢として,腹内側核は満腹中枢として働くという二元中枢説の概念を出した。摂食中枢は食欲発生に関与するので食欲(空腹)中枢ともいえる。またこの摂食中枢と満腹感発生に関与する満腹中枢を合わせて食中枢ともいう。この見解は多くの研究者によるラットやネコなど種々の動物を用いた刺激実験でも支持された。すなわち,摂食中枢を刺激すると,満腹状態でも餌を食べ,逆に満腹中枢を刺激すると,空腹状態で餌を食べている最中でも食べるのをやめる。こうして1950年代に二元中枢説の概念は確立された。また67年には大村裕らは,摂食および満腹中枢ニューロン活動(インパルス放電)はあたかもシーソーのように一方のインパルス放電が増加すればもう一方のインパルス放電は減少するという相反的関係にあることを明らかにした。すなわち空腹になると,摂食中枢ニューロンのインパルス放電は増加し,逆に満腹中枢ニューロンのインパルス放電は減少し,強い食欲を発生する。一方,満腹になると,満腹中枢ニューロンのインパルス放電は増加し,逆に摂食中枢ニューロンのインパルス放電は減少し,満腹感を生ずる。これが食欲および満腹感発生の基本であると考えられるようになった。また,摂食および満腹中枢の化学受容器や温度受容器が,食欲や満腹感の発生に直接関与すると想定して,いくつかの中枢説が出された。そのおもなものは,(1)糖定常説,(2)脂肪定常説,(3)リン酸化定常説,および(4)温度定常説である。

(1)糖定常説 1955年にJ.マイヤーにより提唱された説で,満腹中枢のブドウ糖受容器が体内の血糖値の変化を監視し,それにより食欲や満腹感が発生するという見解である。ブドウ糖の金誘導体で細胞毒である金硫化ブドウ糖をネズミに注射すると,満腹中枢ニューロンがそれを取り込んで破壊され,多食と肥満が起こる。しかし,金硫化リンゴ酸などブドウ糖以外の金硫化化合物では,多食も肥満も起こらない。マイヤーはこのようなブドウ糖を選択的に取り込むブドウ糖受容器をもつニューロンが血糖値の変化を感知し,食欲や満腹感の発生,すなわち摂食調節のための糖定常機構を働かせると考えたのである。さらに大村ら(1969,73)によると,満腹および摂食中枢にはブドウ糖をニューロン膜に直接与えると,それぞれインパルス放電の減少するブドウ糖感受性ニューロンとインパルス放電の増加するブドウ糖受容ニューロンが存在する(後述の視床下部化学受容器の項参照)。さらには視床下部の背側核,延髄の弧束核にも,ブドウ糖によりインパルス放電の増加または減少するニューロンがあることが明らかにされた。したがってマイヤーの糖定常説は修正は要するが,多くの支持を受けている。

(2)脂肪定常説 1951年にD.ケネディによって出された説で,満腹中枢の脂肪受容器が体内の脂肪量を感知することにより食欲や満腹感が発生するという見解である。この見解は,動物が長期にわたって体重を一定に保持できるのは体内の脂肪の合成量と分解量を等しくするために毎日一定の脂肪量を体内の全脂肪量に比例して動かしているという事実に基づいている。そのためには体内の脂肪量の指標となる血中の遊離脂肪酸の量を監視すればよい。この遊離脂肪酸の量を監視するのが脂肪受容器である。大村らによると,この脂肪受容器は遊離脂肪酸によりそれぞれインパルス放電の増加する摂食中枢ブドウ糖感受性ニューロンと逆にインパルス放電の減少する満腹中枢ブドウ糖受容ニューロンである(1974)。これらは食欲が空腹時の血中遊離脂肪酸濃度の高いときに発生することとよく一致する。

(3)リン酸化定常説 1978年にL.デービスらが,視床下部ニューロンは体内のエネルギー(ATP)利用を定常にする機能をもつと想定して提唱した説である。事実,食欲は体内のエネルギー量が不足すれば促進され,過剰であれば抑制される。この場合,体内のエネルギー量を監視するのは摂食中枢ブドウ糖感受性ニューロンである。

(4)温度定常説 1948年にW.ブローベックによって提唱された説で,食物が肝臓で代謝されるときの特殊力源作用specific dynamic action(SDAと略称)によって発生する熱(体温上昇)を摂食および満腹中枢の温度受容器が感知して満腹感を発生するという見解である。タンパク質,脂肪および糖質を単独で摂取した場合の特殊力源作用により発生する熱量は,それぞれ摂取熱量の約30%,4%および5%である。したがって,高タンパク質食では摂食後の体温上昇が最も大きく,満腹感を覚えるのもいちばん早い。逆に,糖質や脂肪の多い食物では満腹感を覚えるのが遅く,多食となる。しかしB.アナンドら(1966)によると,摂食中枢にも満腹中枢にも直接温度に反応してインパルス放電の増加または減少するニューロン(温度感受性ニューロン)はない。一方,温度感受性ニューロンの存在する視索前野(体温調節中枢)を冷やすと食欲は促進し,温めると抑制される。さらに,視索前野を冷やすと摂食中枢ブドウ糖感受性ニューロンのインパルス放電は増加し,満腹中枢ブドウ糖受容ニューロンのインパルス放電は減少する。逆に温めるとブドウ糖感受性ニューロンのインパルス放電は減少し,ブドウ糖受容ニューロンのインパルス放電は増加する。これらのことから,温度定常説は摂食および満腹中枢だけでなく,体温調節中枢も含めて考えなければならない。またこの温度定常説によって,食欲は発熱時や環境温が高い夏季には減退し,低い冬季には亢進することなどが,うまく説明できる。しかし筋肉運動による莫大な発熱は満腹感に関係しないので,温度定常説はこのままの形では通用しない。

 結局,食欲および満腹感発生は,(1)~(4)の各中枢説のいずれか一つの説ではなく,(1)~(4)の総合説で説明するのが妥当である。また,末梢説と糖定常説は主として摂食の短期調節に関係する食欲や満腹感の発生に役立ち,脂肪定常説とリン酸化定常説は長期調節に関係する食欲や満腹感の発生に役立つとされている。さらに,温度定常説は短期および長期の調節に関係する食欲や満腹感の発生の説明に都合がよいといわれている。しかし,体内のブドウ糖,遊離脂肪酸,脂肪,エネルギー量は相互に密接に関連して変化することや,摂食および満腹中枢の同一のブドウ糖感受性ニューロンおよびブドウ糖受容ニューロンがこれらの物質だけでなくインシュリンなどの各種ホルモンにも反応する多チャンネル型複合化学受容器の性質をもつことなどから,摂食の短期および長期の調節に関係する食欲や満腹感発生の機構は重複していると考えられている。

視床下部には血液脳関門がなく,解剖学的にもこの部位のニューロンが血中物質に直接反応する化学受容器をもつのに都合のよい構造になっている。1969年以降大村らは多連微小電極法を用いて,ラットやネコで摂食および満腹中枢におけるニューロンが化学受容器をもつことや,これらニューロンのいろいろな性質を明らかにしている。

 摂食中枢ニューロンの約30%はブドウ糖により活動(インパルス放電)の抑制(減少)が起こる。このブドウ糖の抑制作用は膜抵抗の変化を伴わない膜の過分極によるもので,強心配糖体であるウワバインや代謝阻害剤であるアジドを前もって投与しておくと消失する。すなわちブドウ糖の抑制作用は,余分のブドウ糖というエネルギー源の供給によってナトリウムポンプが活性化され,細胞内からのナトリウムの追出しが促進されたことによる。大村らはこのような摂食中枢ニューロンをブドウ糖感受性ニューロンと名づけた。インシュリンはブドウ糖感受性ニューロンの活動を促進するが,この促進作用はブドウ糖と同時に作用させると相殺される。これは,ブドウ糖感受性ニューロンにはインシュリン受容器があり,この受容器とインシュリンとの結合による促進作用がブドウ糖による抑制作用によって打ち消されたことによる。一方,遊離脂肪酸はブドウ糖受容ニューロンの場合とは逆にブドウ糖感受性ニューロンの活動を顕著に促進するが,これはブドウ糖の細胞内への取込みが減少することによる。

 満腹中枢ニューロンの約30%はブドウ糖により活動の促進が起こる。この促進作用は膜抵抗の減少を伴う膜の脱分極によるもので,濃度が高くなると飽和する。また,膜を通過する可能性が非常に低い高分子ブドウ糖のついたフロリジンもブドウ糖のついたフロリジンもブドウ糖と同様の促進作用をもつので,このブドウ糖の促進作用はブドウ糖と受容器部位との結合によるイオン透過性の増大によるとされる。そこで大村らはこのような満腹中枢ニューロンをブドウ糖受容ニューロンと名づけた。インシュリンはこれらブドウ糖受容ニューロンに対して弱い抑制作用をもち,ブドウ糖と同時に作用させると,ブドウ糖の促進作用を顕著に増強する。一方,遊離脂肪酸はこれらニューロンの活動を抑制する。これは,インシュリンではブドウ糖受容器へのブドウ糖の結合が促進され,逆に遊離脂肪酸では阻害されるからである。

摂食後,時間の経過とともに血糖値やインシュリン値は減少する。逆に,アドレナリン,ノルアドレナリン,グルカゴン,成長ホルモン,ACTHなどの血中濃度は増加する。これらはすべて脂肪の分解を促進するから,遊離脂肪酸の濃度も増加する。このような血中物質の濃度変化や胃の空腹収縮などにより,摂食中枢ブドウ糖感受性ニューロンのインパルス放電は増加し,満腹中枢ブドウ糖受容ニューロンのインパルス放電は減少する。これによって強い食欲が生じ,摂食行動が開始する。

 摂食開始2~3分後から血糖値およびインシュリン値は上昇し,脂肪細胞での遊離脂肪酸の取込みと脂肪合成を促進するから,遊離脂肪酸の濃度は減少する。すなわち血中物質の空腹時とは逆方向への濃度変化や特殊力源作用による体温上昇,胃壁伸展による幽門部付近の動き受容器の刺激などにより摂食中枢ブドウ糖感受性ニューロンのインパルス放電は減少し,満腹中枢ブドウ糖受容ニューロンのインパルス放電は増加する。これによって強い満腹感が生じ,摂食行動は停止する。そのほか種々の脳内ペプチド消化管ホルモン,内在性有機酸などの食欲や満腹感の発生への関与が注目されている。
飢え
執筆者:

食欲の異常は中枢の破壊によって生じるが,通常みられる食欲の異常は他の原因に基づくものが多い。食欲の異常は量的異常(食欲不振と食欲亢進)と質的異常(異食症)とが区別される。食欲不振は胃腸,肝臓,胆道,膵臓などの疾患,発熱など種々の身体疾患にみられるほか,抑うつ症,神経症,神経性無食欲症(神経性食思不振症)などの精神疾患でも認められる。このうち神経性無食欲症の不食は極度である。食欲不振の大多数が身体的原因によるものであるのに対し,異常な食欲亢進は,糖尿病などの場合を除くと,精神的・心理的原因による場合が多い。各種の認知症や精神遅滞では脳の全般的機能の低下の結果,抑制なく飽食するものがある。心理的ストレスや欲求不満に基づいて生じる過食は小児にも成人にもみられ,肥満の原因となる。この種の例の一部や,神経性無食欲症の一部は発作的に激しい摂食欲求にかられて大食することがある。質的な食欲の異常である異食症は,壁土,チョーク,頭髪のような通常食べない物を好んで食べるものである。このような異物摂食の軽度のものは妊娠した女性に認められるが,著しい異食は認知症,精神遅滞,退行の著しい統合失調症などに出現する。大便を食べる異食症はとくに糞食症と呼ぶ。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「食欲」の意味・わかりやすい解説

食欲
しょくよく

渇き、睡眠などとともに生活体の個体保存にかかわる生得的・一次的要求である。食欲を感じる生理的機構は脳の視床下部にあるとされ、栄養素の不足、血糖放出量の増加、胃の収縮などが直接間接に関係する。代謝によって必然的に生じる生理的不均衡と回復という機制に従って、空腹感(内臓感覚)、狭義の食欲(食事行動の動機づけ)がどのように位置づけられるかが心理学的な課題である。

 食欲の因子として重要なのは味覚で、これを仲介とするか否かにより、生理的に同じ欠乏状態でも食物の摂取量が相違する。摂取量は直接食物をチューブを通して胃に注入すると、口を通して味わって食べる場合よりも低下する。食物は味覚を仲介とした嗜好(しこう)に従って選択されるが、嗜好は生活体の種により、個体により異なるとともに、栄養素の欠乏状態によっても異なる。欠乏状態が進行すると食物選択の範囲は拡大され、満腹状態では美味を求めて狭められる。欠乏状態の程度によって嗜好は質的にも変化し、選択の順位を変えることもある。

 代謝に基づく欠乏状態は一般飢餓、特殊な栄養素の欠乏状態は特殊飢餓という。一般飢餓では多くの食物が代替可能であるが、特殊飢餓では不可能で、この制限は生存を危うくする。また、特殊飢餓はかならずしも栄養失調回復の食欲をきたさないことがある。自らの嗜好に基づく偏食によって特殊飢餓状態となり、これから脱出しがたく病的状態にとどまる場合がある。また、ある動物実験によると、特殊飢餓の場合、栄養失調を回復する食物を積極的に求めるよりも、栄養失調をきたした食物だけを避ける食事行動が示されている(特殊嫌悪)。

 嗜好は人間の場合、文化、環境などの差に依存して変化する。米を主食とするか、麦を主食とするか、また生の魚や昆虫などが、ある文化では好まれ、他の文化では嫌がられる。

 なお、食欲は嗜好とともに食習慣に強く規制される。人間では一般飢餓によって通常、1日に2、3回の食事がなされるが、この習慣によって食欲が条件づけられ、逆に、生理的状態を制御する。また近時、肥満の人は、食事の機会に、眼前の食物を分量の多少と関係なく平らげ、生理的必要による調整をしがたいという実験結果もみられる。

 食欲は他の欲求・情動に影響を与えるとともに、逆に他の欲求・情動によって影響を受ける。満腹時には一般的に満足感をもち、楽観的態度をとりやすいが、飢餓状態が激しくなると社会的マナーに欠ける攻撃的行動を示したり、うつ状態になったりする。逆に、不安や恐怖の状態では食欲が減退したり、また妊娠や出産時などには増進と減退が生じ、嗜好の変化もみられる。

 欠乏状態と空腹感との関係も複雑で、断食によって空腹感は3、4日後、頂点に達するが、それ以後は緩やかに減少し、食欲のない状態を示すこともある。

[小川 隆]

食欲の発生

現在、食欲の神経生理については、動物による脳の刺激および破壊実験の結果、間脳の視床下部(鼻の奥の部分に相当する)というところで腹内側核にある満腹中枢と、その外側視床下野にある摂食中枢の二つの食欲中枢の働きによって支配されていることがわかっている。すなわち、動物の摂食中枢を刺激すると餌(えさ)を食べるようになり、満腹中枢を刺激すると餌を食べている最中でも食べるのをやめてしまう。反対に摂食中枢を破壊すると動物は無食になりやせてくるし、満腹中枢を破壊すると多食になり肥満がおこる。そしてこの両中枢の働きは、片方が高まれば片方は抑えられる仕組みになっている。

 またこれらの食欲中枢の神経細胞は、血液中のブドウ糖、インスリン、遊離脂肪酸に感受性があり、その血中濃度に応じて食欲の調節が行われている。さらにこの両中枢は、視覚、味覚、嗅覚(きゅうかく)などの外的環境からの刺激や、感情、思考、過去の記憶など大脳皮質の働きの影響も受けているという。

[中川哲也]

食欲の異常

食欲の異常には、食欲亢進(こうしん)と食欲不振、および特殊なものを食べたくなる異味症がある。

[中川哲也]

食欲亢進

食欲の亢進は大食(たいしょく)症や過食症、いわゆる食べすぎをもたらす。おいしい食物や好きな食物をとったり、皆と楽しく食事をするときには食欲が生じやすい。適度の運動や作業も食欲の増進に役だつものである。さらに、食欲の秋といわれるように涼しい秋には食欲が高まることが多い。また一般に、発育盛りの青少年、妊婦、肉体労働者、肥満者では食欲亢進と多食傾向がみられる。このほか、糖尿病、甲状腺(せん)機能亢進症でも食欲の亢進が認められる。また欲求不満や寂しさを満たすために、無意識的に過食が行われることもある。若い女性にみられる神経性食欲不振症の患者では、食欲不振だけでなく逆に過食嘔吐(おうと)などの食行動異常を伴う場合があり、神経性食欲異常症とよばれている。

[中川哲也]

食欲不振

健康な人でも、夏の暑さ、身体の疲労、睡眠不足のもとでは食欲が衰えやすい。また過度の飲酒や喫煙、運動不足が続くと食欲不振に陥りやすい。そのほか、日常生活における心労の結果としても食欲不振をきたしやすい。次に病的な場合としては、ほとんどすべての病気の場合に、多少とも食欲不振が生ずるものである。とくに胃腸病、肝臓病、膵臓(すいぞう)病などの消化器疾患においては食欲不振の頻度が高い。そのほか、感染症、循環器疾患、呼吸器疾患、内分泌・代謝疾患、血液疾患、神経疾患、薬物の影響、そのほか各種中毒の場合にもしばしば食欲不振を伴う。

 また、うつ病や神経症の場合にもよく食欲不振が認められる。とくに若い女性にみられる神経性食欲不振症では、単なる食欲不振というよりは、むしろ自発的な食事制限(拒食)によって著しい体重の減少、無月経などをきたす。しかも患者は病識(病気であるという意識)に乏しく、治療への動機づけが困難な場合も多い。発症の誘因としては、心的外傷体験、対人関係の不適応、あるいはダイエットなどがあげられるが、その背景には、肥満嫌悪、やせ願望、女性としての同一性障害や成熟拒否などがからんでおり、重篤な性格形成障害に起因することも多い。

 治療はまず原因を明らかにし、その対策を必要とする。一般には、適当な間隔を置いた食事、楽しい雰囲気のもとでの食事、患者の嗜好にあわせた調理法、適度の散歩や運動などが勧められる。そのほか対症的に、胃腸薬の投与や、不安緊張や抑うつ状態の強い人には、抗不安薬、抗うつ薬が用いられる。神経性食欲不振症の患者には、本格的な心理療法(精神分析的療法、行動療法、家族療法など)が必要であるが、やせが著しい場合には、経鼻腔(びくう)栄養、完全静脈栄養が試みられる。

[中川哲也]

異味症

普通は食べたくないようなものを好んで食べたくなる場合をいう。妊婦で酸っぱいものが欲しくなったり、寄生虫疾患、鉄欠乏性貧血、精神疾患などの患者で白墨や粘土を食べるなどの現象がみられることがある。

[中川哲也]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「食欲」の意味・わかりやすい解説

食欲
しょくよく
appetite

食物を摂取せずにいると何か食べたいという感じが起る。これが食欲である。食欲は胃部に投射して感じられる一種の臓器感覚で,空腹感を伴う。さらに長く食物を摂取せずにいると飢餓感になる。このときは胃に激しい飢餓収縮が起る。絶食によって血液成分の変化,特に血糖値の低下あるいは遊離脂肪酸値の上昇が起ると,これが空腹中枢を刺激して空腹感を生じ,動物を摂食行動に駆りたてる。空腹中枢に障害があると,食物を摂取しなくても空腹を感じない。食欲は単に血液成分のみに支配されるものではなく,心理的,社会的因子も大きく関与する。

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普及版 字通 「食欲」の読み・字形・画数・意味

【食欲】しよくよく

食気。

字通「食」の項目を見る

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栄養・生化学辞典 「食欲」の解説

食欲

 食物を摂取したいという欲望.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の食欲の言及

【飢え】より

…これに対して,視,聴,味,嗅などの感覚は特殊感覚として分類される。 空腹や飢餓のときには概してなんでもおいしいことから,空腹感(や飢餓感)と食欲とは並行するもののようであるが,両者は区別すべき現象である。空腹感や飢餓感は,生体が先天的にもつ感覚の一つで,時も所も問わず,ほんとうに食物を必要とするときに起こる生理現象である。…

【性欲】より

… 性欲は体験,学習,外的刺激に依存する面が大きく,単なる性衝動の発現ではなく,個人の生育史,社会,文化の影響を著しく受けるものである。
[性欲発生のメカニズム]
 性欲は性行動の動機的役割をなすもので,摂食行動における食欲に相当する。しかし性欲は食欲や飲水欲とは次の点で大きく異なる。…

※「食欲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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