家庭医学館
「鼠径ヘルニア」の解説
そけいへるにあだっちょう【鼠径ヘルニア(脱腸) Inguinal Hernia】
[どんな病気か]
ヘルニアのなかでもっとも多くみられるものです。鼠径靱帯(そけいじんたい)(恥骨(ちこつ)と腰の骨との間の靱帯(じんたい))の上方で腹腔(ふくくう)内の臓器が鼠径部に脱出した状態をいいます。脱出しやすいのは小腸(しょうちょう)と卵巣(らんそう)です。脱出する経路によって外鼠径(がいそけい)ヘルニアと内(ない)鼠径ヘルニアに分けられますが、大半が外鼠径ヘルニアです。
鼠径靱帯の下方で脱出するのを大腿(だいたい)ヘルニアといいます。治療上では、鼠径ヘルニアの1つとして扱われています。
[症状]
鼠径部(そけいぶ)(股(また)のつけ根)に腫瘤(しゅりゅう)(しこり)状のものを触れ、軽い痛みをともなうことがあります。
男性では陰嚢(いんのう)にまで脱出し、陰嚢が腫(は)れることもあります。腫瘤は立ち上がったときや腹圧を加えたときに脱出しますが、手で腹腔内にもどせます。
もどらなくなった状態を嵌頓(かんとん)といいます。嵌頓をおこすと、脱出した小腸などが血行障害により壊死(えし)して重篤(じゅうとく)な状態になったり、腸閉塞(ちょうへいそく)の原因となることがあります。
大腿ヘルニアは中高年以上の女性に多くみられ、嵌頓しやすいので注意が必要です。
[原因]
うまれつき(先天性)のものと、なんらかの原因があってできる(後天性)ものとがあります。小児の鼠径ヘルニアはすべてが外鼠径ヘルニアで、本来、母親の胎内(たいない)で閉じられるべき腹膜鞘状突起(ふくまくしょうじょうとっき)が開いたまま(開存(かいぞん))であるのが原因です(子どもの鼠径ヘルニア(「子どもの鼠径ヘルニア(脱腸)」))。
成人の鼠径ヘルニアの原因の多くも腹膜鞘状突起の開存が基礎となります。ただし、高齢者では鼠径部の筋層や筋膜が弱くなり、そこを貫いて腹腔内の臓器が脱出することがあります。これが内鼠径ヘルニアです。
[治療]
成人の鼠径ヘルニアが自然に治ることはありません。手術によって治します。手術はふつう、腰椎麻酔(ようついますい)をして鼠径部の皮膚および筋膜を切開し、脱出した臓器を腹腔内にもどして、膜壁の孔(あな)を縫い縮めたり、補強したりします。
最近、術後のつっぱり感のない腹腔鏡を利用する手術も行なわれ始めていますが、このときは全身麻酔をします。なお、嵌頓している場合は緊急手術が必要となります。
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鼠径ヘルニア (そけいヘルニア)
inguinal hernia
内臓の一部がまた(股)のつけ根(鼠径部)の腹壁の弱い部分から皮下に脱出するため,鼠径部や陰囊,陰唇が腫瘤状にはれる病気。ヘルニアのうちで最も多い。脱出臓器は腸管,大網,卵巣などであるが,小腸の脱出が多いことから,俗に脱腸ともいう。子どもに多くみられ,とくに男児に発生しやすく,女子の4倍にも達する。泣いたり,いきんだりして腹圧がかかったときに起きやすく,脱出時には軽い不快感や鈍痛を伴うことがある。腹圧がかからなくなると自然に内臓は腹腔内にもどるが,手で圧迫して押しもどすこともできる。臓器が腹壁の出口(ヘルニア門)にはまりこんで,腹腔にもどらなくなった状態を嵌頓(かんとん)といい,激しい痛みを伴う。この状態を長時間放置すると血行障害で内臓が腐ってしまうため緊急手術が必要となる。原因には先天性のものと後天性のものがある。小児期のものはほとんどすべて先天性で,胎児期に腹腔内にある睾丸が陰囊内に下降する際形成された腹膜の突起(鞘状突起)が閉鎖されないため,その中に内臓が脱出して起こる。生後1歳以下では自然治癒の可能性もあるが,つねに嵌頓の危険を伴うため,現在の小児外科では診断がつきしだい,根治手術を行う傾向にある。ヘルニアバンド(脱腸帯)は臓器脱出を防ぐためヘルニア門を圧迫する方法であるが,治療としては不完全なため,手術のできない場合のみに使用される。成人の鼠径ヘルニアは腹壁の抵抗が弱くなるために内臓が腹膜に包まれて突出する後天性のヘルニアである。後天性のヘルニアは,小児と同じく精管に沿って発生する外鼠径ヘルニアと,それより内側に発生する内鼠径ヘルニアがある。手術は小児の場合,単にヘルニアの袋(ヘルニア囊)を切断,閉鎖するだけで十分であるが,成人ではさらに抵抗の弱い鼠径部腹壁を形成補強する必要がある。
→ヘルニア
執筆者:伊藤 泰雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
鼠径ヘルニア
そけいへるにあ
inguinal hernia
鼠径部(男子では陰茎外側、女子では大陰唇)に腹腔(ふくくう)内臓器が脱出し、腫瘤(しゅりゅう)を形成するものをいう。厳密には外鼠径ヘルニア、内鼠径ヘルニアに区別されるが、後者はまれである。脱出した臓器をヘルニア内容、その臓器を包む腹膜をヘルニア膜、腹壁からの脱出口を内ヘルニア門、外ヘルニア門という。成人では腹壁の弱くなった老人や重労働者、婦人などによく発症する。一方、小児では例外なく胎生期からある腹膜鞘(しょう)状突起が開存(かいぞん)してヘルニア膜となり、発症する。外鼠径ヘルニアがほとんどを占め、小児外科で取り扱う疾患のうち、もっとも頻度が高い。治療は手術以外に完治を望めない。成人の場合は腹壁の脆弱(ぜいじゃく)性に起因し、小児では腹壁でなく鞘状突起の開存に原因を求められるため、同じ病名であってもその治療法は根本的に異なる。すなわち、成人では腹壁の補強がもっともたいせつであるが、小児では腹膜鞘状突起の高位切断のみで目的が達せられる。小児で腹壁補強を行うと、精管動脈の血行障害をおこして睾丸萎縮(こうがんいしゅく)をきたすこともある。
鼠径ヘルニアを放置すると、ヘルニア内容となった腸管がヘルニア門で絞扼(こうやく)され、腸閉塞(へいそく)または血行障害をおこし、腸管壊死(えし)をきたす危険がある。そのため、新生児であっても、できるだけ早く手術を行うべきであり、小児外科の進歩がそれを可能にした。以前よく用いられていたヘルニアバンドは効果もなく、弊害も多いので薦められない。
[戸谷拓二]
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「鼠径ヘルニア」の意味・わかりやすい解説
鼠径ヘルニア【そけいヘルニア】
鼠径靭帯(じんたい)の上方で鼠径部の皮下に出るヘルニア。全ヘルニアの中で最も多く,脱腸というのはおもにこれ。出現部位により内側・外側ヘルニアの2種に分類される。多くは外側ヘルニアで男子に多く,精巣の陰嚢内下降時の異常による先天的なものが多い。生後まもなく鼠径部の柔らかい腫瘤(しゅりゅう)として気づかれ,腹圧により出現し,巨大なものでは陰嚢内にも入る。女性のヘルニアではおもに大陰唇(いんしん)皮下に出現する。腫瘤は手で圧するか,寝ると多くの場合消失する。脱出した腸管がねじれて戻らなくなる嵌頓(かんとん)ヘルニアが起こると腸管壊死(えし)を起こし危険。手術が必要。
→関連項目大腿ヘルニア
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鼠径ヘルニア
そけいヘルニア
inguinal hernia
いわゆる脱腸。腸が鼠径部に脱出したもの。外側鼠径窩から鼠径管を通って浅鼠径輪より皮下に出る外鼠径ヘルニア (間接ヘルニア) と,内側鼠径窩から浅鼠径輪に直接出る内鼠径ヘルニア (直接ヘルニア) とがある。大半は外鼠径ヘルニアで,乳幼児期までに発症する先天性のものが多い。内鼠径ヘルニアは局部の腹壁の緊張低下によって起るもので,高齢者に好発する。常に腸がヘルニア嚢内に脱出したままであったり,かんとんヘルニア (嵌頓ヘルニア) となった場合は,手術が必要となる。
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世界大百科事典(旧版)内の鼠径ヘルニアの言及
【ヘルニア】より
…
[ヘルニアの種類]
よくみられるヘルニアには次のようなものがある。外ヘルニアとしては[鼠径(そけい)ヘルニア]が最も多く,ヘルニアの代表的疾患で,子どもに多くみられるが,成人に発生することもある。臍(さい)ヘルニアumbilical herniaは,弱い部分であるへそに腸がとび出す,いわゆる〈出べそ〉で,乳幼児に多くみられる。…
※「鼠径ヘルニア」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」