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幣制改革 へいせいかいかく

大辞林 第三版の解説

へいせいかいかく【幣制改革】

1935年11月、中国国民政府が英米の支援を受けて行なった貨幣制度の改革。33年秤量貨幣としての銀両を撤廃した国民政府は、さらに35年、政府系銀行の発行する「法幣」という紙幣に通貨を統一。英米の支援もあって、外国為替レートを安定させ景気も回復に向かった。

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世界大百科事典 第2版の解説

へいせいかいかく【幣制改革 bì zhì gǎi gé】

近代中国における貨幣制度の改革。伝統中国社会は銀両,銅銭を主とする雑多な貨幣が流通する経済であった。欧米諸国との接触ののち,中央政府財政の近代化と分断的市場体系の統一化をめざして,一つの本位貨幣による統一幣制の確立が課題とされた。清末から1929年のケメラー案にいたる幣制改革への各種提言はこの流れに沿ったものである。実効ある改革は,27年に,従来の軍閥政権に比べて,欧米諸国の強力な支援と,上海を中心とする経済力そして官僚・軍事機構に依拠した南京国民政府によって着手された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

幣制改革
へいせいかいかく

中国の通貨制度の改革、とくに国民政府により1935年に行われた改革をさす。その意義は、〔1〕通貨発行銀行を中央、中国、交通、中国農民の四銀行(42年には中央銀行のみ)に集中したこと、〔2〕33年の「廃両改」により旧来の秤量(ひょうりょう)貨幣から銀本位貨幣に進み、それを受けて金本位制を経ずに管理通貨の「法幣」を発行したこと、〔3〕外貨とリンクしたこと、などがあげられる。
 幣制改革にはイギリス政府の首席経済顧問リース・ロスが指導にあたったため、外貨とのリンクは最初はイギリス・ポンドであったが、1936年の米華銀協定以来アメリカ・ドルと緊密化し、ドル圏の支配下に入った。第二次世界大戦後まで続いたが、国民政府が政治的・財政的な安定に欠けたため、48年に廃止された。[加藤祐三]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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