平安仏教(読み)へいあんぶっきょう

百科事典マイペディアの解説

平安仏教【へいあんぶっきょう】

最澄の天台宗と,空海真言宗を中心とした,平安時代の新仏教総称。奈良末期の山林仏教を土壌とし,都市の中で世俗化した奈良仏教への批判から形成された。奈良仏教と同じく鎮護国家を標榜するが,比叡山高野山などの山岳寺院を建立し,国家とは一定の距離を置きながら,密教修法による祈祷宗教的色彩を強めた。山林修行僧の持つ験力に期待する貴族層に応えて,現世利益(げんせりやく)の密教修法や浄土教が発達。奈良仏教の官大寺では諸宗が並存したが,平安仏教では宗派の純一化が進み,教団として巨大化。教団を離脱して民衆教化に努める市聖(いちのひじり)のもとに念仏集団が形成される。また山岳修行を重視した修験道が確立,修験道下で本地垂迹(ほんじすいじゃく)思想が説かれるようになった。

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世界大百科事典内の平安仏教の言及

【仏教】より

…これに山林修行などで術力をつけた私度僧らも,山から降りて民衆社会で現世利益(げんぜりやく)の霊験をあらわし,あるいは村堂を建て,造仏や写経,放生や架橋など知識活動を展開して在家仏教信者を増やしたことが,《日本霊異記》などの説話文学で知られ,この時代の仏教の底辺を知ることができる。
[平安仏教]
 行き詰まった律令政治の刷新をめざした794年(延暦13)の桓武天皇の平安遷都は,その裏面に奈良の仏教の官大寺経営に費やされる膨大な国費,増大する寺領荘園,加えて教団の腐敗堕落,僧綱制度の欠点などを改革しようとする意図を秘めていた。果たして,従来遷都とともに行われた大寺移建の慣例は放棄された。…

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