この世で受ける息災・延命などの仏・菩薩のめぐみ。来世に受ける利益を当益(とうやく)というのに対して現益(げんやく),現生益(げんしようやく)ともいう。《法華経》薬草喩品第五に〈是の諸の衆生,是の法を聞き已って,現世安穏にして後に善処に生じ,道を以て楽を受け,亦法を聞くことを得〉とあるように,〈現世安穏・後生善処〉の現当二世の利益は人間の切実な心からの願をあらわしている。一般に仏教寺院をその社会的機能の上から祈禱寺と回向寺の2種に分かつことができることは,仏教寺院がこの現当二世の利益という人間の基本的欲求にこたえてきた軌跡を示している。現世利益は法を聞き,経典を信じて読誦したり,仏名や真言を唱えることによって得られる。構造的には経典は3段階からなる。伝統的な区分に従うと,経の縁起を語り尊重の念を起こさせる〈序分(じよぶん)〉,説かんとする経の核心を述べる〈正宗分(しようじゆうぶん)〉,正宗分の教説を流布せしめるためにその功徳,諸天の加護を説くのが〈流通分(るづうぶん)〉である。現世利益は《法華経》《金光明経》《仁王経》《薬師経》などの大乗経典に強く説かれているが,この流通分においてである。経典に説く現世利益は信ずることを前提とし,正宗分の教説を人々に伝える方便として付属的に説かれているのである。嘉祥(かじよう)大師吉蔵はその著《法華義疏》のなかで観音の現世利益をいただく条件として(1)一心に心から祈ること,(2)利益を与えるかどうかの決定は仏の側にあること,(3)観音との結縁(けちえん)の厚薄によること,(4)悪行を悔い善心に立ち返る心のない定業(じようごう)の者は救われないことをあげている。密教では現世祈禱の種々の修法を行う。仏も人間もともに六大(ろくだい)(地・水・火・風・空・識)からなるので,仏との同化によって利益がもたらされるとみる。すなわち行者みずからを浄化し,道場を荘厳(しようごん)し,仏を供養することによって,行者の功徳力,如来の加持力,結界荘厳された道場の法界力の三力が合体して利益がもたらされる。一方,浄土教では,現世利益は念仏行者の受ける種々の利益をいうが,念仏の徳として利益は求めずともおのずから与えられるものとみる。
執筆者:藤井 正雄
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神仏などの加護によりこの世で得られる利益のこと。仏教では、『法華経(ほけきょう)』『金光明経(こんこうみょうきょう)』『薬師経(やくしきょう)』などの大乗経典で強く説かれ、祈祷(きとう)、読経(どきょう)、念仏などにより、延命、息災、治病などの利益が得られるとされる。とくに密教では加持(かじ)祈祷による現世利益が強調された。また日本の民間信仰やそれを基盤に生まれた新宗教は、現世利益をその基調とする。ただ、仏教のたてまえが現世利益を第二義的なものとしていることもあって、現世利益中心の信仰は「ご利益信仰」と蔑称(べっしょう)されることが多い。
[船岡 誠]
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…しかし当時の地蔵造像の例は,阿弥陀,観音,弥勒などに比較して非常に少なく,その傾向は平安時代に入っても9世紀後半まで続く。おそらく現世利益信仰が仏教の主流を占め,来世の六道輪廻の恐怖がそれほど深まっていなかったこの時代には,地獄の救済を特色とする地蔵の信仰は,あまり人々の関心をよばなかったためと思われる。10世紀末の源信の《往生要集》は,《十輪経》の一節を引き,地獄に入って衆生の苦を救う地蔵の徳をたたえており,浄土教の発達にともない地蔵の利益(りやく)は天台宗の僧侶や貴族の間でようやく注目されはじめたのである。…
…こうして神における祟り性と守護性のアンビバレントな性格は,日本における宗教と政治の相互浸透性,聖と俗の重層的な互換性の心理的な基盤をなしているといえよう。またこの聖と俗の重層的な互換性は,現実の必要に応じていくらでも霊験あらたかな流行神(はやりがみ)をつくりだす庶民の宗教的創意性の根拠をなしている一方,それらの神々をまつることによって家内安全,身体健康,病気平癒などの即効的な現世利益を求める庶民の信心の内容をもよく説明するものである。
[祖先崇拝]
最後に日本人の宗教に関する第3の特徴は,人は死んで先祖になり,やがて神になるということを自然に信じてきたということである。…
※「現世利益」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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