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従軍記者 じゅうぐんきしゃwar correspondent

翻訳|war correspondent

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

従軍記者
じゅうぐんきしゃ
war correspondent

軍隊に同行して戦場におもむき,戦況を報道するジャーナリストカメラマンや画家なども含まれる。日本で最初の従軍記者は,台湾出兵に同行した『東京日日新聞』の岸田吟香で,その第1報は 1874年6月 26日の同紙に載った。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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世界大百科事典 第2版の解説

じゅうぐんきしゃ【従軍記者 war correspondent】

戦地に行き,そこから戦況を報道する記者。1807年スウェーデンの新聞《スウェーディッシュ・インテリジェンサーSwedish Intelligencer》の記者が,ナポレオンに反対して第4次対仏大同盟に加わった国王グスタブ4世の軍に従軍したのが最初とされる。日本では1874年の台湾出兵にあたり《東京日日新聞》の岸田吟香が従軍したのが最初であるが,軍は〈戦闘は其の謀,密なるを貴ぶ〉として記者としての従軍を許さなかったので,岸田は軍御用の大倉組手代として従軍した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

従軍記者
じゅうぐんきしゃ

戦争または事変の際、戦地に派遣され、戦場のようすを報道する記者。従軍記者が注目され始めたのはクリミア戦争(1853~56)のころからで、このとき、イギリスの『タイムズ』の記者W・H・ラッセルSir William Howard Russell(1821―1907)は、現地のイギリス軍の惨状を生々しく暴露、政府の責任を追及した。この報道がナイチンゲール野戦病院改革運動の起因となった。
 日本で最初の従軍記者といわれるのは、1874年(明治7)5月、台湾出兵に同行した『東京日日新聞』の岸田吟香(ぎんこう)だが、このころは「戦闘の計画は密なるがだいじ」というので、公然たる記者の従軍は認められず、軍御用の大倉組手代の資格で従軍している。77年の西南戦争のときは、『東京日日新聞』の社長福地桜痴(おうち)が九州の前線へ赴き、山県有朋(やまがたありとも)の参軍記室(軍事記録方)のかたわら戦報を報道し、評判になったので、『郵便報知新聞』は犬養毅(いぬかいつよし)を現地に派遣、この通信で犬養の文名があがった。
 前線に特派された記者が正式に従軍記者として認められたのは、日清(にっしん)戦争のときからだが、記者の扱いはひどいもので、列国の記者は士官待遇を与えられたのに、わが国の記者は軍馬以下の扱いといわれていた。しかし、戦地の通信は読者に歓迎されたので、日清戦争の記者派遣社は66社だったが、日露戦争では116社に増加している。同時に犠牲者も増え、戦没記者は日清戦争の3人から、日中戦争・太平洋戦争では298人に達している。戦後、日本が当事者となる戦争はなくなったが、世界各地で起きている戦闘に記者が巻き込まれるケースが増えている。とくに1960年代後半、インドシナの戦乱で、日本人を含む各国の記者に犠牲者、行方不明者が続出した。そこで、70年12月9日、国連総会は本会議で「武力紛争下で危険な取材に携わる記者の保護」を決議したが、戦闘下の記者の危険は依然として解決しない問題である。[春原昭彦]
『全日本新聞連盟・新聞時代社編・刊『日本戦争外史 従軍記者』(1965)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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