静物画(読み)セイブツガ

デジタル大辞泉 「静物画」の意味・読み・例文・類語

せいぶつ‐が〔‐グワ〕【静物画】

草花や器物など、静物を描いた絵画。人物画風景画に対していう。

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精選版 日本国語大辞典 「静物画」の意味・読み・例文・類語

せいぶつ‐が ‥グヮ【静物画】

〘名〙 花、果実、食品、文具、楽器、什器など、それ自体動かないものを主題とする画。静物。
※冷笑(1909‐10)〈永井荷風〉一〇「花や果物などの静物画を描いた壁の油画をば」
[補注]森鴎外の「外山正一氏の画論を駁す」(一八九〇)に「動物画あり、静物画(スチルレエベン)あり」とある。

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改訂新版 世界大百科事典 「静物画」の意味・わかりやすい解説

静物画 (せいぶつが)

切花,果実,食器,喫煙具,楽器,書物,死んだ魚や小禽獣など,人間の生活に深いかかわりをもつ,それ自体では動かぬ種々の事物を卓上などに自由に構成・配置して描いた西洋絵画の一分野。昆虫やネズミなどの生きた小動物が従属的に描き込まれることもまれでないが,東洋における関連分野である花鳥画のように,鳥や自然の姿のままの,すなわち土に根を下ろした植物が主役を占めることはない。呼称にはゲルマン語系(英語のstill life,ドイツ語のStillebenはともにオランダ語のstillevenに基づく)とロマン語系(フランス語のnature morte,イタリア語のnatura morta)の二つがあり,いずれも〈動かぬ事物〉を原義として,〈静物画〉という包括的概念の確立よりやや遅れて18世紀に成立した。

静物画の本質は時代とともに変遷するとはいえ,その基調が写実の精神にあることは疑いない。静物画は〈本物と寸分違わぬ〉という驚きと喜びとを多くの人々が最も容易に共有できる画種であり,また画家にとってはもてる技巧の限りを尽くして種々の事物の迫真の質感描写を競う場であった。このため静物画は発生以来つねにトロンプ・ルイユ(目だまし)と密接な関係にあった。静物が彫刻のみならず版画の対象にめったに採り上げられないのも,その魅力の本質をなす光や色彩の微妙な変化による質感描写が,これらの分野では十分に発揮できないからにほかならない。また,視覚に訴える絵画芸術の中にあって静物画は他の諸感覚とも深い関連をもつ点を特徴とする。たとえば,描かれた果実はその味や手触りを,花は香りを,楽器は音色を観者に連想させる。この意味で静物画は絵画の中でもとりわけ感覚的な魅力を秘めた存在とみなせよう。ところで静物画は,描かれる個々の事物には--少なくとも識別が可能な程度の--客観的な写実性が要求される一方で,その組合せや配置に関しては肖像画や風景画に比べて画家の自由が大幅に認められている分野である。19世紀後半に〈芸術至上主義〉の価値観が台頭してから静物画が一躍絵画の中心的な位置を占めるに至ったのも,抽象絵画を別とすれば,画家が題材の拘束を離れてみずからの意志による画面構成を最も自由に行える分野と認められたからだといってよい。

題材が日常的なだけに静物のモティーフは古くから登場するが,それが絵画の独立した対象とされたのは古典古代であった。古代ギリシアの著名な画家たちが静物を巧みに描いて人や動物の目を欺いたという伝承は少なからずあり,事実ポンペイヘルクラネウムの壁画やローマの床モザイクにはヘレニズム時代からのイリュージョニズム(幻覚主義)の伝統を示す静物表現がいくつか見られる。しかし,これらは多分に注文者の奇想の産物でまだ自立した画種は形成しておらず,目だまし的もしくは室内装飾的な性格が強かった。

 中世には,キリスト教思想が現実の外観の写実を軽視したため静物画はまったく姿を消すが,自然や現実に対する新しい感受性が芽生えた14世紀になってようやく復活の兆を見せるに至り,ジョットの弟子ガッディの手によって,古代風の壁面装飾の枠内にとどまるものとはいえ,独立した最初のキリスト教的静物表現が生み出された。15世紀には静物に対する興味はさらに増大するが,その傾向は,汎神論的自然観に支えられて森羅万象に等しく関心を注ぎ,それを油彩技法で精緻に描出したファン・アイク兄弟らネーデルラントの画家たちにとくに顕著であった。しかし,この時代の静物の大半は宗教的観念(たとえば聖母の純潔)の象徴物として宗教画の一部をなすにとどまり,それ自体単独に描かれたのは絵の裏面などの副次的部分に限られていた。同じころイタリアでも古典古代に由来する装飾的・目だまし的静物表現が,とくにインタルジア(寄せ木細工)の分野で流行するが,これも美的享受の対象としての純粋な静物画とは一線を画される存在である。

 静物画が純然たる絵画の一分野として独立を果たしたのは17世紀初頭のネーデルラントであり,とりわけ新教国オランダでは宗教画が衰退したため静物画は風景画,風俗画と並んで絵画の主要な一分野を形成するに至り,本草図や貴重な花卉図鑑の伝統を引く花の絵,台所や食事の場面から発展した食卓画,動物画との関連の深い狩の獲物の絵,静物の姿を借りた宗教的教訓画である〈ウァニタスvanitas(虚しさ)の絵画〉などさまざまの種類が興隆して,多くの専門画家たちが緻密な写実の技巧を競った。この時代にはフランドル,フランス,スペインでもそれぞれ華麗,質朴,神秘的な傾向をもつ地方性豊かな静物画が生まれた。当時の静物画はきわめて写実的な外観にもかかわらず,上述の〈ウァニタス〉のほか,〈五感〉〈四大〉などの象徴的意味を担っているものも少なくない。18世紀にはフランスにシャルダンが登場し,華美や豪奢とは無縁のなんの変哲もない日常の事物を親密な目で描いて,より普遍的な近代的静物画への道を開いた。しかし,18世紀までの伝統的な古典主義的芸術観においては静物画は最下位におかれ,これに携わる画家の地位も一般に低かった。

 こうした状況が一変するのは19世紀の半ば以降であり,静物画は親しみやすい画種としてフランスなど先進各国で成熟した市民層の支持を受けるかたわら,〈絵の主題と価値は無関係である〉とする〈芸術至上主義〉の立場からも,画家が題材の束縛を受けず最も自由に創作できる分野として脚光を浴び,〈純粋絵画〉を志向する先進的な画家の間でとくに愛好される分野の一つとなった。この見地からとくに重要なのはセザンヌであり,〈リンゴ一つでパリを驚かせたい〉という彼の発言は,かつての歴史画に代わる近代絵画の中核としての静物画の意義を如実に語っている。20世紀にはいるとキュビスムなど,この分野に取り組む画派も登場して,静物画の重要性はいっそう増した。しかし,こうした近代の静物画が抽象絵画を別にすれば純粋絵画に最も近い存在であることが基本的には正しいとしても,次の点には十分注意を払う必要がある。すなわち,どの画家の作品においてもモティーフの選択はけっして任意になされるのではなく,すでにその段階において画家の固有の世界観が示されていること,換言すれば,古来特定の象徴的意味を担ってきたモティーフ(たとえば頭蓋骨)であれ,意識的もしくは無意識的に,画家が個人的な象徴的意味を付与したモティーフ(たとえばゴッホの靴)であれ,それらの選択においては,造形性以外の見地からの考慮がなされている場合が多いこと,である。

 以上は西洋における静物画の歴史であるが,東洋においては花鳥の特殊な一形態である切枝(せつし)が南宋時代を中心に流行を見せたにもかかわらず,人間の手によって構成された〈動かぬ事物〉としての〈静物画〉という包括的概念は容易に成立しなかった。気韻生動を重視する中国では鉢植の花卉や今まさに折られたばかりの枝や果実もが〈生けるもの〉としてとらえられたのであり,生命を持たぬ事物の描写には意義が認められなかった。西洋の静物画の中心を占める卓上の楽器や食器などが,記録的な性格の強い図譜や吉祥図のモティーフとして以外ほとんど扱われなかったのも,この価値観から当然のことであった。日本においても厳密な意味での静物画の制作が軌道に乗るのは幕末以降である。しかしその浅い歴史にもかかわらず,高橋由一や岸田劉生の作品のように近距離から身近な対象の本質を真摯に見据えた独特の作品が生み出されていることは注目されてよい。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「静物画」の意味・わかりやすい解説

静物画
せいぶつが
still life 英語
nature morte フランス語
Stilleben ドイツ語

花、果実、魚や小鳥の死体、各種用器具などの静物(それ自体は動かないもの)を描く絵画。これが西洋絵画の一ジャンルとして確定するのは17~18世紀であるが、古くから単独に、また他の絵画の主題に随伴して描かれていた。すでにギリシアでは、ゼウクシスZeuxisがブドウの房を描いて高い評価を受けたことがプリニウスの記にある。古代ローマの壁画やモザイクにも、食卓上の食物、あるいは床上に散乱した食べ残しを題材とする、いわゆるクセンア(食糧画)とよばれるジャンルがあり、トロンプ・ルイユ(だまし絵)的な技巧の熟練と、客へのもてなしの寓意(ぐうい)性を目ざしていた。

 中世においては、事物の写実を軽視したキリスト教思想の影響でその作例はないが、14世紀末ころから現実の物や自然への関心が高まるにつれ、宗教画の一部に卓上の静物、草花や花瓶の花などが描かれ始める。そして同時期、棚やその上に置かれた静物の表現が、やはりトロンプ・ルイユ的効果をねらった壁画の寄木細工などで試みられている。さらに15世紀には、静物への関心とその精密な再現への志向が高まりをみせ、とくに聖母マリアの純潔を示すユリやイチハツの花瓶、「最後の晩餐(ばんさん)」や「カナの結婚」のための食卓、音楽と虚栄の象徴でもあり遠近法の探究の好対象でもあった弦楽器リュート、瞑想(めいそう)する聖者の机上の書物などが、その主要な題材に選ばれている。

 こうして15~16世紀に祭壇画の裏面などに独立した静物が描かれたのを先例として、17世紀になるとフランドル、オランダ、スペインで、他の主題から独立した静物画がカラバッジョ、ヤン・ブリューゲルらによって描かれた。とくに市民社会の現実的関心が強まったオランダでは、多くの画家がこぞって花や果実、食卓、市場、狩りの獲物を題材にして、17~18世紀の他国における静物画制作の先鞭(せんべん)をつけた。still lifeの語源は、オランダ語のStill-Levenに由来している。他の国々では、17世紀にはまだ宗教画などのジャンルに比べて静物画の地位は低かったが、装飾的テーマや「五感の寓意」としてはよく描かれており、これらはやがて18世紀フランスの「花と果実の画家」シャルダンにおいて開花する。そしてこの伝統は19世紀に再生し、印象派以降、風景画とともに絵画の中心的ジャンルとなってセザンヌらを生んだ。20世紀はさらにセザンヌが追求した「物と物との空間の関連」の課題を先鋭化し、フォービスム、キュビスムによって静物画の観念が一新している。

 なお東洋においては、自然界における事物の真実のあり方を分析的にとらえる視野をもたなかったために、西洋絵画での静物画に匹敵する歴史をもっていない。中国においても画題に静物が選ばれた例は多いが、それはそのものの実在性よりも、そのものがもつ生命の表出に意が用いられたということができる。日本においても静物画が一つのジャンルを確立したのは、近代以降である。

[中山公男]


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百科事典マイペディア 「静物画」の意味・わかりやすい解説

静物画【せいぶつが】

切花,果実,器物等それ自体では動かないものを組み合わせて描いた絵。英語ではスティル・ライフstill life,フランス語ではナチュール・モルトnature morteという。古くはポンペイの壁画等にも見られるが,絵画が神に奉仕した中世にはなく,静物画が独立したジャンルとして現れたのは17世紀のオランダやフランス,スペインからである。題材が身近にあることと,写実の精神の具現ということから普遍化したとされるが,寓意画と考える説も有力。鑑賞用絵画の一分野として位置を占め,特に画面構成を重視したセザンヌ以後ますます発展した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「静物画」の意味・わかりやすい解説

静物画
せいぶつが
still-life painting

果実,花,壺など,静止して動くことのないものを描いた絵画。最古の例は古代ローマ時代,ポンペイの壁画にもみられた。しかし絵画の一ジャンルとしてのタブローの静物画が確立されたのはルネサンス期で,J.バルバリが最初に制作した。 17世紀ローランドで盛期。オランダの画家で美術史家の A.ホウブラーケンが,このような絵画作品に対して stillevenという語を用いたのが最初とされる。

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世界大百科事典(旧版)内の静物画の言及

【絵画】より

…また木版画,銅版画,石版画などの版画,あるいはその応用としての挿絵,ポスターなども,色と形による平面の造形芸術であるかぎり,絵画の一分野と考えられる。絵画の分類としては,画材,形式による分類のほか,主題による分類(歴史画肖像画,風景画静物画風俗画等),社会的機能や役割による分類(宗教画,装飾画,記録画,教訓画等),地理的分類(イタリア絵画,フランス絵画,インド絵画等),歴史的流派や様式による分類(ゴシック絵画,バロック絵画,古典主義絵画,抽象絵画等)などがある。
[絵画の起源]
 古代ギリシアのある伝説は,絵画の起源を次のように語っている。…

【バロック美術】より

…バロック美術の中でもっとも主要な役割をはたす光は,万物が現象として,われわれの眼に映ずるものだという世界認識の造形的なあらわれであり,明暗の強調やクローズアップ手法,アトモスフィアや色彩の微妙な諧調のみごとな表現など,バロックの最大の成果とされる手法は,見ることの主体性が確立された近代の意識を表している。また,風景画,静物画がはじめてこのときにジャンルとして独立したのも,一つには万物に対する関心が深まったことのあらわれである。以上の特質を,ルネサンスの〈知的リアリズム〉に対して,〈視覚的リアリズム〉と呼ぶことができる。…

※「静物画」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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