急性中毒を引き起こしやすい薬物

内科学 第10版 の解説

急性中毒を引き起こしやすい薬物(薬物中毒・依存症)

(3)急性中毒を引き起こしやすい薬物
a.抗うつ薬
 抗うつ薬は環系抗うつ薬(三環系,四環系,複素環系),非環系抗うつ薬(選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)など),モノアミン酸化酵素(MAO)阻害薬に大別される.SSRIなど新規抗うつ薬は使用頻度の増加により中毒例も増加したが,致死的な予後を呈するのは三環系・四環系抗うつ薬である.三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressant:TCA)・四環系抗うつ薬(tetracyclic antidepressant)のおもな中毒症状は,3C’s(cardiotoxicity:心毒性,coma:昏睡,convulsion:痙攣) and A(acidosis:アシドーシス)である.胃洗浄,胃内容物の吸引,活性炭の投与を行うとともに,心電図モニターによりQRS時間の延長がある場合(QRS≧0.12秒)は,炭酸水素ナトリウム投与(1~2 mEq/kg,静注)により,全身アルカリ化(pH:7.45~7.55)を行う.
b.解熱鎮痛薬(アセトアミノフェン)中毒
 アセトアミノフェンは,わが国において最も繁用されている解熱鎮痛薬の1つである.1500品目以上の総合感冒薬や解熱鎮痛薬に含有されているため,小児の誤飲事故や自殺目的での摂取による中毒が起こりやすい.家庭内で起こる解熱鎮痛薬による中毒は,医薬品中毒の約 7%にあたる.
 治療量(成人1回量:300~500 mg)を経口摂取すると,1~2%が未変化体として尿中に排泄され,90~95%が肝臓グルクロン酸および硫酸抱合を受け,腎臓から排泄される.残りの5~10%がチトクロームP450酸化酵素(CYP2E1)によりN-アセチルパラベンゾキノニミン(NAPQI)となる.これが肝毒性の本体といわれる.この毒性代謝物はグルタチオン-S-トランスフェラーゼによりグルタチオン抱合を受け無毒化され,さらに代謝を受け,最終産物(メルカプツール酸,システイン)として排泄される.治療量を摂取した場合,約5~10%がメルカプツール酸抱合体として尿中から排泄される.
 しかし,大量に摂取した場合は,グルクロン酸および硫酸による抱合過程は飽和状態となり,CYP2E1による代謝が促進されNAPQI生成が増加する.無毒化に必要なグルタチオンは枯渇し,正常の30%以下になると実験動物において肝臓の壊死がみられ,NAPQIの蓄積が始まるといわれる.このNAPQIは細胞蛋白の高分子物質と共有結合し肝細胞の壊死を起こすため,重篤な肝障害が生じる.
 アセトアミノフェンは成人で150~250 mg/kgが1回の摂取で重篤な肝毒性を生じる閾値とされ,350 mg/kg以上ではほぼ100%,重篤な肝障害を起こすとされている.経口での致死量は13~25 gという報告がある.臨床的には成人で7.5 g,小児では150~200 mg/kgが肝毒性発現の目安といわれている.
 肝毒性の予後を決定する重要な因子は血中濃度である.摂取後4時間以降の血中濃度を測定し,Rumack-Matthewのノモグラムの治療ライン(treatment line:4時間値150μg/mL)以上であれば,特異的な解毒薬(アセチルシステイン)の投与が勧められる.
c.催眠薬(ブロムワレリル尿素,ジフェンヒドラミン)中毒
 ブロムワレリル尿素は,ベンゾジアゼピン系にもバルビツール酸系にも属さない催眠鎮痛薬で,医療用薬および一般用薬(OTC)として販売されている.多くの解熱鎮痛薬(OTC)にも含有されているため,注意が必要である.服用後速やかに吸収され,20~30分で催眠鎮痛作用を発現する.ヒトにおける中毒量は6 g,致死量は20~30 gである.意識障害がおもな症状であるが,重症では呼吸中枢抑制による換気障害や末梢血管拡張による低血圧を生じる.ブロムワレリル尿素はX線不透過性であるため,大量摂取時胃内に残存する薬物の塊状陰影がみられることがある.この場合は摂取後1時間を経過していても,内視鏡にて細かく砕きながら積極的な胃洗浄を行う.また活性炭吸着療法も有効である.
 ジフェンヒドラミンは,乗り物酔いの予防薬(トラベルミン:サリチル酸塩)としてOTC薬が市販されている.また,ヒスタミンH1受容体拮抗薬(抗ヒスタミン薬)のなかでも,特に催眠鎮静作用の強いことから,近年,わが国において睡眠導入を目的としたOTC薬(ドリエル:塩酸塩)が販売されたため,中毒例が増加している.ジフェンヒドラミン中毒時の症状の発現は,摂取量に比例する.成人致死量は20~40 mg/kgである.大量摂取時はムスカリン様アセチルコリン受容体拮抗作用(アトロピン様作用)が増強し,抗コリン様症状(散瞳,口渇)を呈する.成人においては,眠気,混迷,混乱,昏睡などの中枢神経抑制の症状を呈しやすい.小児は抗コリン作用からの回復は速く,振戦,高熱,強直間代性痙攣などの中枢神経興奮作用を呈することが多い.血圧上昇,頻脈,心室性不整脈,心停止などの心血管系症状を呈することもある.心電図をモニターし,QRS間隔が延長した場合は,アシドーシスの予防に炭酸水素ナトリウムを投与する.[福本真理子]
■文献
福本真理子:アセトアミノフェン中毒の治療にノモグラムは有用か.中毒研究,23: 111-115,2010.
上條吉人:臨床中毒学(相馬一亥監修),pp1-38,医学書院,東京,2009.
Kearney TE: Therapeutic Drugs and Antidotes. In : Poisoning & Drug Overdose, 4th ed (Olson KR ed), pp404-509, McGraw-Hill, New York, 2004.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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