内科学 第10版 「悪性中皮腫」の解説
悪性中皮腫(胸膜腫瘍)
定義・概念
胸膜,腹膜,心膜,精巣鞘膜の中皮細胞に発生する悪性腫瘍であり,単に中皮腫ともいう.胸膜(85%)と腹膜(10%)に発生することが多く,石綿(アスベスト)暴露と密接に関係する.アスベスト職歴があれば労災申請し,なければ石綿被害救済法に基づいて申請する.一般的には治療抵抗性で,予後不良である.
原因・病因
アスベスト暴露と密接に関係している.アスベストは繊維状鉱物の総称で,細くて長い繊維(径0.25 μm以下,長さ8 μm以上)に強い発癌性があり,この形状であればアスベスト以外でも発癌する.最も発癌性が高いのは鉄含量の多い青石綿である.中皮腫の危険性比率は,青石綿:茶石綿:白石綿(クリソタイル)=500:100:1であり,はじめての暴露から発症までの期間は約40年である.職業上のアスベスト粉塵暴露(高濃度暴露)で発生する職業性腫瘍と考えられてきたが,作業着を洗濯した家族や工場周辺住民などの低濃度暴露でも発生する.そのためアスベスト暴露について職業歴のみならず,家族歴や居住歴について詳細な問診が必要である.喫煙はアスベストによる中皮腫発症のリスクを相乗的に高める.
疫学
南アフリカ,オーストラリアなどのアスベスト産出国や,アスベスト消費の多かった国の発生率は高い.日本では1995年(500人)から2009年(1156人)にかけて死亡者も急増している.
病理
上皮型(60%),肉腫型(10%),両者が混在する二相型(30%)に分類される.腫瘍の50%以上を線維組織が占めるものは線維形成型中皮腫ともよばれる.上皮型は肺腺癌との鑑別が問題となる.カルレチニン,サイトケラチン5/6,WT-1などの中皮腫が染色されるマーカー(中皮腫陽性マーカー)と,CEA,BerEP4などの,腺癌が染色されて中皮腫が染色されないマーカー(中皮腫陰性マーカー)を用いて鑑別する(図7-14-3).中皮腫細胞には多量のヒアルロン酸が含まれ,ヒアルロニダーゼ消化コロイド鉄染色による証明が,診断に用いられている.胸水中にも多量のヒアルロン酸が含まれ,中皮腫の補助診断に使われている.
病態生理
壁側胸膜に発生する.播種巣を壁側胸膜に形成しながら発育し,次に臓側胸膜に播種し,その後葉間胸膜を含むすべての胸膜面を埋め尽くすように広がる.多くの場合胸水を伴う.大量に貯留し縦隔が偏位することもある.進行すると腫瘍化した胸膜は著明に肥厚し,患側胸郭は徐々に狭小化する.肋骨,脊椎に浸潤すると疼痛が高度になり,横隔膜下に浸潤すると腹水が,心膜に浸潤すると心囊液が貯留する.胸腔穿刺路に高頻度に播種巣を形成する.
臨床症状
咳,呼吸困難,胸壁浸潤による胸痛などが生じる.腫瘤や胸水貯留が著明な場合は,患側の呼吸音が減弱し打診では濁音となる.
検査成績・診断
胸部X線,CTにより胸腔の腫瘍や胸水貯留を認める.中皮腫に特異的な腫瘍マーカーはない.胸水が貯留している場合は穿刺し胸水中の悪性細胞を検出する.細胞診では腺癌との鑑別が困難である.反応性中皮細胞との鑑別が困難な場合もある.胸水中ヒアルロン酸が10万ng/mL以上の場合診断的価値が高いが,低値であっても否定できない.CEAは上昇しない.診断のため全身麻酔あるいは局所麻酔下胸腔鏡検査で腫瘍生検を行い,病理学的に診断する.
鑑別診断
画像検査では胸腔内腫瘍や胸水を形成する疾患が鑑別の対象になる.生検により悪性細胞が確認された場合でも,上皮型の中皮腫と肺腺癌の鑑別が容易ではない場合がある.免疫染色により鑑別を行う.
治療
外科的治療としては,胸膜を剥ぎ取る胸膜剥皮術や,胸膜と肺(ときに横隔膜・心膜)を一塊として摘出する胸膜肺全摘術などがある.再発率は高く,化学療法や放射線治療なども併用される.化学療法としては,シスプラチン+ペメトレキセドの2剤併用療法が行われる.奏効率約40%,生存期間中央値は約12カ月である.副作用軽減のため化学療法1週間前からビタミンB12と葉酸の投与が必要である.胸腔ドレナージや胸腔鏡下生検でできた漏孔を伝い形成される腫瘤に対し放射線治療が有効である.胸水の増量を防ぐためには胸膜癒着術が有効である.[矢野聖二]
■文献
Light RW: Pleural diseases. 4th ed. Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2001.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報