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愚極礼才

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美術人名辞典の解説

愚極礼才

室町時代の臨済宗の僧。東福寺百四十九世・南禅寺百四十五世。京都生。愚極は道号、礼才は諱。三河長興寺の大中礼省の法を嗣ぎ、東福寺・南禅寺の住職を務めた。書に優れ、多くの寺院の扁額を残した。宝徳4年(1452)寂、83才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

愚極礼才 ぐごく-れいさい

1363-1452 室町時代の僧。
貞治(じょうじ)2=正平(しょうへい)18年生まれ。臨済(りんざい)宗。平川礼浚(へいせん-れいしゅん)の法をつぎ,京都の南禅寺,東福寺の住持となる。五山文学者としても知られる。書画にすぐれ,寺院の扁額(へんがく)を多数のこした。宝徳4年6月6日死去。90歳。山城(京都府)出身。著作に「天満大自在天神宝(じんほう)号記」。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐきょくれいさい【愚極礼才】

1370‐1452(建徳1∥応安3‐享徳1)
東福寺第149世で,余技として画をよくした禅僧。平川礼浚(へいせんれいしゆん)の法嗣。三河長興寺,京都普門寺,東福寺,南禅寺に住し,晩年東福寺内の曹源院に退居した。書に優れ,寺院の扁額などの揮毫が多かったといわれる。画は水墨で観音,文殊を好んで描き,そのいくつかが遺存していて,自讃を伴っている。《本朝画史》によると,明兆を慕うとある。代表作に《騎獅文殊図》(1438)がある。【林 進】

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