訴訟において裁判所が,訴状や起訴状,事実主張や法的主張などに意味不明瞭,不完全な記載がある場合に発問してこれを明確にさせ,あるいは提出した証拠が不十分である場合にその補完を促す権能(民事訴訟法149条,刑事訴訟規則208条)。釈明権の存在根拠は,条文の上からも,既存の不明瞭な訴訟関係を明確にすることにあるというべきで,裁判所が法理にうとい当事者が陥せいにはまるのを防ぐという誤った後見的役割や,真実発見の要請とは無関係であると考えるべきであろう。裁判所が当事者に優越するものとし,これに過度の指導性を求めた時代にあっては後見的役割が強調されたこともあったが,訴訟法も現代法の大原則である〈当事者の自治・自己責任の原則〉を離れて存在するわけではなく,また真実の発見も当事者が提出した資料の範囲内において期待されているものにすぎないのである。このことは本人訴訟においても変りはない。かくして民事においては,釈明権の発動を必要とする事情がなんらかの形ですでに訴訟中に当事者により作出されていることが必要であり,当事者が提出していなかったり,気がついていない主張(例えば,消滅時効の抗弁,造作買取請求権の主張)の提出を促すのは釈明権の範囲を越える違法なものである。ただし,当事者が忘れている〈認否〉を促すため発問し,また裁判所が当事者の予想しない法解釈により判断を下そうとするときに不意討ちを避けるため釈明権を行使するのは適法である。
当事者の裁量にゆだねておいたのでは,訴訟の実態が明瞭にならない場合には,裁判所は出頭・文書提出命令などを発することができ,これを〈釈明処分〉という(民事訴訟法151条)。釈明権の行使は,裁判所が自発的にする場合のほか,当事者の求め(求問権)に応じてなされる場合があるが,求問権はときとして駆引きのためなされることがあり,また釈明権の乱用は訴訟遅延に連なるので,裁判所の適切な運営(訴訟指揮)が期待されるところである。民事でも刑事でも釈明権の行使が期待されているときに裁判所がこれを怠れば,それは裁判所の義務違反となる。判決がいったん下ってしまえば軽微な違反は顧慮するを要しないが,重大な違反は法令違反(いわゆる審理不尽)として判決を取り消すべき上告理由となる。しかし審理不尽の概念は元来法文上のものではないので安易にこれを認めてはならず,したがって釈明権を行使しないことが違法となる場合はそう多くはない。
刑事においては訴因変更命令や職権証拠調べは釈明権とは別個の性格のものであり,これを釈明権の問題としてとらえるのは正当ではない。
執筆者:柏木 邦良
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裁判所が、事件の真相を明瞭(めいりょう)にして公正な裁判ができるように、法律上および事実上の事項につき質問をし、当事者に陳述、あるいは立証を促す権限をいう(民事訴訟法149条、なお刑事裁判における釈明権については刑事訴訟規則208条)。このように、裁判所が訴訟の経過に応じて、事実および訴訟関係を当事者とともに明確にする権能は、訴訟指揮権の一つであり、釈明権あるいは釈明義務といわれる。事案の解明は、元来、弁論主義のもとでは当事者の権能かつ責任とされているが、当事者平等の原則の保障と適正公平な審理のために、証明材料や事実の入手においても、裁判所の協力が必要とされる場合がある。つまり、実際の訴訟においては、当事者双方が平等の立場でしかも十分な訴訟資料を正確に提出することをかならずしも期待できないため、裁判所は、当事者の申立てや攻撃防御方法などに不明確な点や矛盾のある場合に、これをはっきりさせるため当事者に弁明させたり、訴訟手続についての無知や誤解のために必要な証拠の申し出をしない場合に、その点を注意することなどができるものとしている。釈明権は、主として口頭弁論または弁論準備手続において、裁判長または陪席裁判官が発問して行使されるが(民事訴訟法149条・170条)、ほかに、その準備または補充として裁判所の釈明処分もある(同法151条)。釈明権は「勝つべき者を勝たせる」ため、および審理を促進させるため行使するもので、本来、職権主義に由来し弁論主義を制限するものであるが、「弁論主義を弱体化する意味においてその敵ではなく、弁論主義の欠点を補う意味でその味方である」といわれる。
[内田武吉・加藤哲夫]
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