訴訟の審理について,日本国憲法82条は,〈対審〉を公開の法廷で行うことを要請しているが,この〈対審〉が,民事訴訟では口頭弁論,刑事訴訟では公判と呼ばれ,これにより憲法32条に規定する〈裁判を受ける権利〉が実現される。民事訴訟法上,口頭弁論は,最狭義には,当事者(または訴訟代理人たる弁護士)が対席して本案の申立てと攻撃防御方法(法律上の主張,事実の主張,証拠の申出)を口頭で陳述することを指し(民事訴訟法87条),広義にはさらに事実認定のための証拠調べ(証拠)も含み(148条,156条,158条,民事訴訟規則70条,251条),最広義には裁判所の訴訟指揮や裁判の言渡しをも含めて,受訴裁判所の面前で行われる審理の方式ないし手続を意味する(148条,152条,153条,160条,249条)。
訴えと請求に対して裁判(終局判決)をするには原則として口頭弁論を経なければならない(必要的口頭弁論)が,決定で裁判すべき事件については口頭弁論を開くか否かは裁判所の裁量にゆだねられる(任意的口頭弁論。87条)。口頭弁論の制度的枠組みとして,(1)一般公衆が傍聴しうる状態で行われ(公開主義),(2)当事者双方にその主張を述べる機会を平等に与え(当事者対等の原則),(3)弁論および証拠調べは口頭で行い(口頭主義),(4)弁論の聴取や証拠調べはその事件の裁判をする受訴裁判所がみずから行うこと(直接主義)が要請される(249条)。民事訴訟の対象が原則として〈私的自治の原則〉の支配する私人間の権利義務関係であることにかんがみ,法は,訴訟を主体的自律的に進める権能と責任を当事者に与えてその意思を尊重している(当事者主義)。すなわち,口頭弁論において当事者は,いかなる請求を立て,いかなる事実を主張し,いかなる証拠を提出するかを決定する権利と責任を原則として有し,当事者の認識の一致した事実は裁判所を拘束し,口頭弁論の途中で合意に達すれば和解(訴訟上の和解)で訴訟を終了させることもできる。また,訴えの取下げ(261条),請求の放棄・認諾(266条)もなしうる。その結果,当事者は裁判所の審理の範囲と内容を制御することができる(処分権主義,弁論主義)。手続の進行についても,裁判所を促して訴訟指揮上の処置を要求する申立権や,裁判所・相手方の法規違背の行為に異議を述べその効力を争う責問権を有する(17条,90条,149条3項,157条等)。
他方,口頭弁論を主宰するのは裁判所の権能である(訴訟指揮権。148条)。裁判所(場合により裁判長)は,口頭弁論を迅速公平かつ充実したものにするため,期日の指定,口頭弁論の開始,終結,再開,弁論,証拠調べの整理,争点の整理,弁論の制限,分離,併合等を行い,事案の解明のために当事者に質問すること(釈明。〈釈明権〉の項参照)ができる(93条,148条,149条,152条,153条等)。
口頭弁論の手続は裁判長の定める口頭弁論期日に行われる。まず原告が訴状に記載した請求の趣旨を口頭で陳述し,これに対し被告が認諾または反対申立てを口頭で行う。原告は請求を,被告は反対申立てをそれぞれ基礎づける法律上・事実上の主張をなし,主張事実が相手方から争われると証拠の申出をする(これらを攻撃防御方法と呼ぶ)。裁判所は証拠調べを行い,当事者の証拠調べの結果の弁論を聴く。口頭弁論が1回で終了しない場合は別の期日(続行期日)に続行される。当事者の主張と立証が十分に尽くされ,判決に熟せば裁判所は口頭弁論を終結して,期日を定めて判決を言い渡す。期日が数回行われても,その口頭弁論の全体が判決の基礎となる(口頭弁論の一体性)。当事者としては,時機に後れた攻撃防御方法(157条)として却下されない限り,弁論の終結まで訴訟の進行状況に応じ適切な時期に攻撃防御方法を提出することができる(適時提出主義。156条)。ただし,口頭弁論で陳述しようとする事項は,原則としてあらかじめ準備書面に記載して交換しておかねばならない(裁判所に提出するとともに相手方にも直送しなければならない。161条,162条,民事訴訟規則79条)。このようにして行われる口頭弁論の経過に関し,裁判所書記官は期日ごとに口頭弁論調書を作成しなければならない(160条)。
口頭弁論の現実の運用について次の3点が注意を要する。第1に,口頭弁論の過程で当事者間に和解が成立する場合も多く,口頭弁論が紛争の自主的解決へ向けての当事者間の交渉の場としても機能している。第2に,口頭主義の形骸化がある。攻撃防御方法の口頭の陳述の代りに,訴状,答弁書,準備書面を〈陳述します〉の一言ですます場合も多く,口頭弁論は書面交換の場となっている(書面審理化)。時間を節約して裁判のための資料を裁判所に収集することにはなるが,当事者・裁判官の三者で討論して説得しあい,事案の解決を三者納得のうえで行うという口頭弁論のもう一つの役割は失われ,一般市民にも訴訟を難解にしている。第3に,訴訟の長期化がある。一事件の口頭弁論を集中継続して行い,その終了後に新事件の審理を行うのが法の一応の建前(継続(集中)審理主議。民事訴訟規則第2編第2章)であるが,現実は,同時に多数の事件を併行し(併行審理主義),間隔の長い多数の期日に分散して審理している。これは〈さみだれ式の審理方式〉と呼ばれ,口頭弁論は1ヵ月に1回とか2ヵ月に1回のペースで行われていた。1996年の民事訴訟法の改正以前の場合,地方裁判所における第一審の民事通常事件の単純平均で訴え提起から判決まで9ヵ月から1年かかっていた(被告不出頭の場合の欠席判決を含む)。被告が出頭して争う対席事件の場合には,2年から3年かかるのが通常であった。
この第2,第3の問題点を比較法的に見ると参考となろう。アメリカでは,法律と事実認定に素人の市民で構成される陪審で裁判をするのが原則であるために長期の審理が不可能である。そこで,トライアルtrial(正式審理)では集中審理,直接主義,口頭主義が貫徹され,これを可能とするために,ディスカバリーdiscovery(トライアルの前に相手方や第三者から証拠等の情報を得る制度)やプリトライアル・コンファレンスpre-trial conference(正式審理準備手続のための会合)等,トライアル準備の制度が設けられている。また,西ドイツでは,訴訟促進のために〈簡素化法〉を制定(1977施行)した。これは手続の集中と引締めを眼目とする民事訴訟法の部分改正であり,(1)訴訟を1回の主要期日で解決し,(2)そのために早期に第1回期日または書面先行手続で十分な準備を行うという手続構造を採用し,かつ当事者に対しては,失権を伴う強力な〈訴訟促進義務〉が課せられた。
上記の3点については,1996年に改正され,98年1月1日から施行された民事訴訟法で対応されているといえる。
(1)第1点である和解の場としての民事訴訟の認識に対応して,改正民事訴訟法においても,和解による平和的な紛争解決へ向けての従前の実務の努力と工夫(和解兼弁論(弁論兼和解手続)など)を取り込んで,各種の争点整理手続を設けている。それらは,準備的口頭弁論(民事訴訟法164~167条),弁論準備手続(168~174条),および書面による準備手続(175~178条)の三つである。
さらに,裁判所の和解促進の権能も強化されている。当事者間で訴訟上の和解が成立したとき,和解は調書に記載され,その記載は確定判決と同一の効力を与えられる(267条)。
(2)上記第2点の口頭主義の形骸化についても対策がなされている。充実した審理がなされるためには,紛争の争点が迅速かつ適切に整理され,裁判所と両当事者の三者が法律問題と事実問題についての必要な情報を十分に知悉し共有して訴訟追行を行う必要がある。さらに,訴訟の進捗状況,これからの審理の方向などについて三者が納得しつつ訴訟追行をする必要がある。
審理充実のためのこれらの必要条件の認識に基づいて,まず,上述の3種類の争点整理手続が導入され運用されている。
口頭弁論の手続進行が両当事者と裁判所の三者間の納得に基づく充実したものとなるために,進行協議期日を裁判所は指定することができる(民事訴訟規則95~98条)。この期日においては,口頭弁論における証拠調べと争点との関係の確認その他,訴訟の進行に関し必要な事項についての協議を三者で行う。
(3)上記第3点の訴訟の長期化への対策としても,先の争点整理手続や進行協議期日は有効である。なぜなら,これらの手続は,早期に争点を効率的に整理し,証拠調べをできるだけ集中的に行うことを可能とするためのものだからである。この目的のために,たとえば,弁論準備手続や書面による準備手続においては電話会議システムを利用して,遠隔地等に居住する当事者の出頭を要することなく手続を行うことができるようになっている(民事訴訟法170条3項,176条3項)。準備書面の交換を当事者間で直接行う直送の制度も,ファクシミリ等を利用して迅速な争点整理を行うための工夫である。
執筆者:太田 勝造
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般的には、事件を担当する裁判所が、公開の法廷で当事者双方の口頭による弁論を聞く民事訴訟上の手続をいう。公開の法廷で、当事者・利害関係人にその言い分を公平・平等に述べる機会を与える手続であり、近代裁判制度の基本原則を体現するものである。また、口頭主義、公開主義、直接主義などの諸原則と不可分あるいは密接に結び付く審理方式でもある。したがって、口頭弁論は民事裁判手続のなかでももっとも重要な部分であり、憲法第82条1項の「裁判の対審」は民事裁判手続では口頭弁論をいうと解されている。
判決をするには原則として口頭弁論によることが必要であり、口頭弁論における陳述だけが裁判の資料となる(必要的口頭弁論、民事訴訟法87条1項)。ただし、例外的に、判決をするに口頭弁論によることを要しない場合がある(同法140条・256条1、2項・290条など)。これに対し、仮差押え、仮処分の手続に関する裁判その他、決定・命令で裁判する事項は、迅速な処理を要し、あるいは権利・義務を最終的に確定するものではない場合に関するので、かならずしも口頭弁論によることを要せず、これによるか否かは裁判所の判断に任される(任意的口頭弁論、民事保全法3条・民事訴訟法87条1項但書)。
さらに、(必要的)口頭弁論ということばは、広狭二つの意味で用いられる。狭義においては、民事訴訟における当事者の弁論(訴えを維持し、あるいは排斥するための当事者の口頭陳述のいっさい)のみをさす。広義においては、前記のほかに裁判所の訴訟指揮行為、証拠調べ、判決の言渡しなどを含めた意味で用いられる。なお、証拠の申し出は期日外にもできるし、証拠調べも裁判所外でできるが、証拠調べの結果は弁論へ上程することが必要である。
攻撃防御方法は訴訟の進行状況に応じて適切な時期に提出しなければならない(民事訴訟法156条)が、口頭弁論が長時間、長期間(複数回)行われても、どの時点で行われた行為も同価値で優劣がなく、口頭弁論終結時に一時に提出されたとみなされる(弁論の一体性)。口頭弁論は裁判長が指揮し、判決に熟したと判断したときは、裁判所は弁論を終結し、終局判決をする(同法243条1項)。いったん終結した弁論も必要があれば再開できる(同法153条)。
[本間義信]
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…狭義では訴訟において当事者(代理人,弁護人を含む)が行う陳述,広義ではそれの行われる手続をいう。近代訴訟法は,弁論が公開法廷で口頭でなされることを原則とするので,口頭弁論と称せられることも少なくない(民事訴訟法87条,刑事訴訟法43条)。なお,刑事訴訟での慣用語として,証拠調べが終わった後の意見陳述のうち,弁護人がするもの(刑事訴訟法293条2項)をとくに弁論と呼ぶこともある。…
※「口頭弁論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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