コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

成朝 せいちょう

4件 の用語解説(成朝の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

成朝 せいちょう

?-? 平安後期-鎌倉時代の仏師。
康朝(こうちょう)の子。定朝(じょうちょう)直系の奈良仏師。治承5年(1181)興福寺復興造営の際,造仏担当をめぐり京都仏師の院尊らに敗れ,食堂(じきどう)の造仏にのみかかわる。文治元年鎌倉幕府にまねかれ,勝長寿院の仏像などを制作。建久5年(1194)興福寺中金堂弥勒(みろく)浄土像の制作により法橋(ほっきょう)となる。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

成朝

生年:生没年不詳
平安末・鎌倉初期の仏師。康助の孫で康朝の子と伝えられる。奈良仏師の正系をひくが,没後その血筋は途絶え,傍系の康慶,運慶父子に受け継がれる。治承4(1180)年の平氏による南都焼討ち後,翌年6月から興福寺の復興造営に当たり,京都の仏師を率いる明円(円派)や院尊(院派)と主要堂宇の造仏担当をめぐって争うが,若年のためか,食堂の造仏のみにとどまる。その後,文治1(1185)年に鎌倉幕府の招きで関東に下り,源頼朝発願の勝長寿院本尊阿弥陀如来像や二階堂永福寺丈六阿弥陀如来像の制作に当たった。この成朝の鎌倉下向は,その後の慶派,特に運慶と鎌倉武士との関係を考える上で重要とみなされる。建久5(1194)年9月には,興福寺中金堂弥勒浄土の造仏により法橋に叙せられた。なお,文治5年ごろ完成の興福寺西金堂本尊に比定される木造仏頭は成朝の作の可能性が高い。<参考文献>水野敬三郎「興福寺木造仏頭について」(『MUSEUM』108号)

(浅井和春)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

せいちょう【成朝】

鎌倉時代初期の仏師。生没年不詳。12世紀後半の奈良仏師(慶派)の正系の出身で,祖父は七条仏所の康助,父は康朝。治承5年6月(1181年)からの南都興福寺の復興造営にあたって京都仏師院尊,明円らと主要堂塔の造像担当を競ったが,食堂の造仏にあたったにすぎず,その後85年(文治1)鎌倉幕府の招きで関東に下り源頼朝発願の鎌倉勝長寿院の造像をおこなっているが,この時も幕府に興福寺造像に関する訴状を提出している。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

成朝
せいちょう

生没年不詳。鎌倉初期の仏師。12世紀後半、奈良仏師の正系を継ぐ康朝(こうちょう)を父に生まれる。1181年(治承5)奈良・興福寺の復興に関して京都仏師の院尊、明円(みょうえん)らと争って敗れ、食堂(じきどう)の造仏にのみ携わったあと、85年(文治1)鎌倉幕府の招きで関東に下り、勝長寿院の造像を行った。その後幕府に興福寺造像に関する訴状を提出したが、これも中金堂弥勒(みろく)浄土像だけを制作したにとどまったものの、この賞として法橋(ほっきょう)に叙せられた。正系仏師でありながら作品も確実なものはなく、後継者もないのは、若年で没したためとも推測されるが、1184年(元暦1)ごろの完成とされ、興福寺西金堂の本尊であったと伝えられる同寺の木造仏頭は彼の作だとする説もある。彼の鎌倉下向は、後の奈良仏師、慶派(京都の七条仏所)の運慶と鎌倉との結び付きを考えるうえで重要である。[佐藤昭夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の成朝の言及

【興福寺仏師職】より

…平安中期の11世紀前半に活躍した定朝によって職業仏師としての地位が確立して以後,奈良や京都などの大寺院には仏師がおり,仏所が置かれた。興福寺では定朝の子孫覚助,頼助,康助らが大事業のたびに大仏師に任ぜられたが,鎌倉時代初頭に彼らの系統に属する成朝(せいちよう)の代になって,寺院の職制(組織)として大仏師職が確立され,社会的にも認められることとなる。興福寺大仏師職はもっとも早い大仏師職の例で,1186年(文治2)に成朝が任ぜられていると称した記録(《吾妻鏡》)が初見である。…

※「成朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

成朝の関連キーワード郢曲円派慶派康助大仏師康朝幸有中村宗平頼助(1)良円(2)

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

成朝の関連情報