食堂(読み)じきどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

食堂
じきどう

古代の仏寺において侶が斎食するための堂。内部に文殊菩薩および賓頭盧尊者を安置することが多い。平安期まで仏寺には必須の施設であった。全僧侶が食事をする空間であり,講堂とほぼ同規模であった。東大寺興福寺では,厨・釜屋 (大炊屋) など炊事をする建物,食料や薪を入れる雑舎を含めた食堂院をなしていた。現在では東大寺二月堂付属の食堂が,3月1日から始る修二会の際に用いられるのが唯一の例。

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デジタル大辞泉の解説

じき‐どう〔‐ダウ〕【食堂】

寺院で、僧が食事をする所。また、そのための建物。

しょく‐どう〔‐ダウ〕【食堂】

食事をするように設備された部屋。ダイニングルーム。
いろいろな料理を出して客に食事をさせる店。手軽に食事のできる店をいうことが多い。「大衆食堂

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大辞林 第三版の解説

じきどう【食堂】

〘仏〙 寺院で、僧が食事をするための建物。

しょくどう【食堂】

食事をする部屋。
食事をさせる店。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

食堂
しょくどう

食事をするための部屋または、食事をさせる店をいう。一般には、ホテル、事務所、工場、学校など、また列車や船舶などで食事をするために設けられた場所、あるいは飲食店、レストランをさす。[編集部]

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精選版 日本国語大辞典の解説

じき‐どう ‥ダウ【食堂】

〘名〙 (「じき」は「食」の呉音)
① 仏語。寺院で僧たちが食事をする堂舎。金堂、講堂とともに寺院建築の重要な建物で、多くは本堂の東廊に続き、廊下には魚板をかけて、食事の合図にたたく。堂内に賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)または文殊菩薩(もんじゅぼさつ)を安置する。斎堂。
※法隆寺伽藍縁起并流記資財帳‐天平一九年(747)二月一一日「一口食堂、長十丈二尺、広五丈七寸、柱高一丈五尺九寸」
※古本説話集(1130頃か)四七「東の東金堂、じきだう、ほそ殿、北室(きたむろ)の上(かむ)の階(しな)の僧房」
※花柳春話(1878‐79)〈織田純一郎訳〉五二「マルツラバースも亦衆客と共に食堂(ジキダウ)に向て去る」
[語誌]→「しょくどう(食堂)」の語誌

しょく‐どう ‥ダウ【食堂】

〘名〙 食事をするように定め、そのように設備した部屋。じきどう。また、食事をさせる店。
※馬上の友(1903)〈国木田独歩〉「二人は直に食堂(ショクダウ)に入って、杯をあげ互の健康を祝した」 〔柳宗元‐県新食堂記〕
[語誌]もともと仏語で、寺院で僧たちが食事をするための堂舎を意味し、音も呉音読みのジキドウであった。明治時代になって、寄宿舎での食事をする場所や食事をさせる店をも意味するようになり、音もジキドウから漢音読みのショクドウに変化した。

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世界大百科事典内の食堂の言及

【外食】より

…だが,サラリーマンや労働者にとっての,今日的な意味での外食が日常化するのは,大正時代に入ってからのできごとである。つまり,1907年に東京日本橋の三越が食堂を開業したのを契機に,大正も中ごろになると公営の簡易食堂が設置され,さらに関東大震災後はいわゆる大衆食堂の元祖として須田町食堂が開店したのをはじめ,各種の飲食店が急増し,日本人の手で開発されたカレーライスやとんかつなどの日本的洋食を売物に,多くの都市民を外食に誘ったのであった。 ただし,こうした食事形態を総称して外食と呼ぶようになったのは,41年4月戦時下食糧統制の一環として,米穀配給通帳制とともに外食券制が実施され,ちまたに外食券食堂の表示が見られるようになってからのことである。…

※「食堂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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