改訂新版 世界大百科事典 「抗原認識」の意味・わかりやすい解説
抗原認識 (こうげんにんしき)
antigen recognition
抗原が生体に侵入すると,免疫系の中心をなす種々のリンパ球が刺激されて増殖し,種々の機能を現すようになり,免疫が成立する。抗原刺激に対するこのような免疫応答は,その抗原に特異的であり,ひとつひとつの抗原に対しては,それぞれきわめて限定された少数のリンパ球のみが反応する。それは,個々のリンパ球には固有の特異性があり,多数の抗原の中から自身の特異性に合うもののみを識別して反応できる仕組みが備わっているからである。このような仕組みによる抗原の識別過程を抗原認識といい,これが個体レベルでの免疫の特異性の基をなしている。リンパ球が抗原と反応できるのは,細胞膜に抗原と特異的に結合できる抗原受容体が存在するからである。多種類の抗原に対応して,結合部位の異なる多数の受容体が多数のリンパ球上に分布しているが,個々のリンパ球にはおのおの1種類の受容体のみが存在するので,一つのリンパ球が反応できる抗原は限定されている。それに合致する抗原が受容体に結合した場合にのみ,そのリンパ球が増殖し,分化して免疫機能を発揮するのである。リンパ球には,抗体産生細胞の前駆細胞であるB細胞群と,免疫の調節や細胞性免疫にあずかるT細胞群がある。B細胞とT細胞では抗原受容体が同じではなく,抗原認識の仕組みも異なることが知られている。B細胞の受容体は,本質的には抗体タンパク質(免疫グロブリン)と同一の分子であり,これに抗原が結合することがB細胞活性化の引金となる。T細胞の抗原受容体は抗体分子とは異なるものであるが,抗体分子の場合と似た遺伝子組換えの仕組みによってT細胞が未熟な前駆細胞から分化してくる間に細胞ごとに異なる抗原特異性をもった受容体が細胞表面に出現する。T細胞の抗原認識の機序は複雑であり,一般には,抗原単独ではT細胞は刺激されない。抗原がまずマクロファージその他の抗原提示細胞と総称される細胞にとりこまれてのち,細胞内部で抗原が分解され,その断片のペプチドが抗原提示細胞内で合成されたクラスⅡ主要組織適合抗原分子と結合して細胞表面に出現する。この抗原ペプチド/クラスⅡ分子複合体がこれに接触したT細胞抗原受容体に結合できた場合にはT細胞に有効な刺激が与えられる。つまりT細胞は抗原のある特定の部分(エピトープ)を自分自身の標識となるタンパク質(組織適合抗原分子)の一部と一緒にして認識しているのである。これは,自己のタンパク質と反応するT細胞をできるだけ除去あるいは不応性にしてしまう複雑な生体の仕組みと密接に関連している。
→免疫
執筆者:尾上 薫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報