日本歴史地名大系 「挽野新田」の解説
挽野新田
くしびきのしんでん
江戸時代中期に開発された
寛文一二年(一六七二)の櫛挽野入合覚(持田家文書)に「櫛挽野」とみえる。入会秣場は開発・新林を禁じたものが多いが、地の利を得た野付の村々は新開によって耕地の拡大を望むことが多く、これと対立する入会村々との間に争論が絶えなかった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
挽野新田江戸時代中期に開発された
寛文一二年(一六七二)の櫛挽野入合覚(持田家文書)に「櫛挽野」とみえる。入会秣場は開発・新林を禁じたものが多いが、地の利を得た野付の村々は新開によって耕地の拡大を望むことが多く、これと対立する入会村々との間に争論が絶えなかった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...