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政治的暴力行為防止法案 せいじてきぼうりょくこういぼうしほうあん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

政治的暴力行為防止法案
せいじてきぼうりょくこういぼうしほうあん

1962年5月廃案となった法律案。六十年安保を契機に左右の対立が激化し,60年 10月の日本社会党委員長浅沼稲次郎刺殺に続いて,61年2月には嶋中中央公論社社長の家人殺傷事件と,右翼テロが起った。この風潮を取締るため自由民主,民社両党は同年5月,政治的暴力行為防止法案を国会に共同提案した。社会,共産両党は,右翼テロ排除に便乗して大衆行動の弾圧をもねらうものとして反対,大きな政治争点となった。池田内閣は六十年安保後の人心鎮静の観点からこの法案の強行に消極的で,同年6月に法案を継続審議とし,翌 62年5月廃案とした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

政治的暴力行為防止法案
せいじてきぼうりょくこういぼうしほうあん

政防法案ともいう。左右の政治的暴力を防止するためとして、1961年(昭和36)5月第38国会に提出された法案。60年安保闘争の経験を経て、デモ規制法など治安立法の制定を考えていた自由民主党政府は、60年10月の社会党浅沼委員長刺殺事件を頂点とする一連の右翼テロ(60年6月社会党河上丈太郎(かわかみじょうたろう)議員刺傷、7月岸首相刺傷、61年2月嶋中(しまなか)事件)の横行を理由に、この法案を自民・民社両党の議員立法として提出した。法案に規定されたその目的は、「政治上の主義もしくは施策または思想的信条を推進し、支持し、またはこれに反対する目的をもってする暴力行為を防止するための必要な規制行為を定めるとともに、これらの行為に対する刑罰規定を補整し、もってわが国の民主主義の擁護に資すること」(1条)とあった。しかし社会党は、右翼テロだけを取り締まれと主張し、政治テロ行為処罰法案を提出して政府に強く反対した。6月3日、自民・民社両党の強行採決によって衆議院を通過したものの、学者などの批判が強く、労働者・学生の院外デモも激化の様相をみせるなかで、6月8日この法案は継続審議となった。そして翌年の第40国会で審議未了となり、廃案となった。[池田政章]

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