文化的再生産(読み)ぶんかてきさいせいさん

大学事典 「文化的再生産」の解説

文化的再生産
ぶんかてきさいせいさん

階級階層分化と教育]

文化的再生産とは,社会階級・階層に分化した社会において,近代化が進んで業績主義が主要な選抜・配分原理となり,直接的な身分世襲や財産相続が困難になる中で,出身家庭から文化資本の相続・継承を受けて高い教育達成を獲得し,より隠蔽・正統化された形で社会的地位および階級・階層構造の再生産を企てる過程を意味する。フランスの社会学者ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)ジャン=クロード・パスロン(Jean-Claude Passeron)らによって理論化がなされた。

 とくにフランス社会においては,「必要性への距離」が最も大きい古典的な文学・芸術・音楽・スポーツなどの文化が,ブルジョワ上流階級の正統的文化となって専有され,それらは学校で獲得される知識技能よりも,家庭での教育経験や話し方・振舞いなどの慣習行動(pratique)を通じて伝達される。それが長い時間をかけて蓄積されると,身体化された態度性向となったハビトゥス(habitus)を通じて卓越化した趣味やセンスが形成されるとともに,それが文化資本となって学校教育での成功へと変換され,結果として得られる学歴資格は「公平」で「中立」な選抜を経たものと認証される。相対的に自律した「場=界(champ)」としての教育システムは,こうした作用を及ぼすかぎり階級・階層構造の再生産に貢献することになる。

 また,学校教育は,社会経済的な要求に完全に従属しないアカデミックな自律性に基づく知識技能を教え込み,それを試験などによって評価するが,そこには学校で明示的に伝達されない家庭での習得前提とする知識技能が介在しており,そうした側面を誤認したり隠蔽したりすることで,文化を前にした不平等を強化する選別装置が作動する。イギリスの社会学者バジル・バーンスティン,B.B.(Basil B. Bernstein, B.B.)が提起した言語コード論における「精密コード」と「限定コード」の関係は,小論文や口頭試問の試験形態にみられるように,学校教育が前者を自明視して容認するほど,出自階級の影響を受けるようになる。ポール・ウィリス,P.(Paul Willis, P.)が描き出した労働者階級の「野郎ども」における反学校文化も,「男らしさ」を自明とする規範適応が制約となって,自己選別による階級再生産へと帰着していく。このような文化的再生産のメカニズムをめぐって,今日では世界各国でさまざまな実証研究が展開されている。

[大学とエリート再生産]

ブルデューらの文化的再生産に関する議論は,1960年代にフランスの大学(おもに文学部)で実施された調査に基づいている。最高学府としての大学は,エリート再生産の場であると位置づけられ,社会的出自が高く文化資本を相続・継承した「遺産相続者たちhéritiers」は,大学で暗黙に共有される自由闊達なディレッタント学生文化を享受することができた。それは教授-学生間の自然化されたコミュニケーションに表出され,教授の難解な言語が学生に理解されず,メッセージ伝達の機能不全が黙認されたまま,ブルジョワ階級文化に根ざした言葉遣いや振舞いの教え込みが行われ,そうした教育的権威に基づく正統的文化の押しつけを象徴暴力と呼んだ。この暗黙の文化を共有できない庶民階級出身の「奨学生たちboursiers」は,額面通りにメッセージを受容する場違いな学校的態度を露呈してしまい,大学生活に適応することが困難になる。このような象徴暴力をめぐる問題は,社会階級・階層以外にもジェンダー,移民,地域などの多様な観点から論じられる。

 歴史的な観点からは,フランスでは大学以上にエリート養成に特化したグランド・ゼコールを含めて,近代国家の成立に伴い学歴資格を通じた再生産が正統化される中,かつての身分制における大貴族と小貴族,小貴族と平民を分けていた社会的境界が,学校制度を通じて「国家貴族noblesse d'État」として制度化されるに至ったという議論が展開される。さまざまな諸権力に対して文化資本に負う「国家貴族」が出現してきた歴史過程は,元来恣意的に作り上げられた正統的文化の定義をめぐって,国家の公益奉仕と能力主義(メリトクラシー)を大義名分とする,当該社会の支配集団間における象徴闘争を通じて形成された。「国家貴族」は公的な教育によって選抜されたという無私性を伴った権力を振るうことができる点で,近代国家の中で象徴的な正統性を獲得することが可能になった。フランスで「共和国エリート」として社会的に認められるゆえんである。

 現代においても,教育機会が拡大して国民の過半数が高等教育に進学するようになった中,教育民主化の理想が掲げられるにもかかわらず,教育や社会における成功を個人の「天賦の才」や「努力」に還元するメリトクラシーのイデオロギーの下で,エリートの再生産を企てる大学と高等教育,およびそれを支える国家のあり方が問われている。
著者: 大前敦巳

参考文献: ピエール・ブルデュー,ジャン=クロード・パスロン著,宮島喬訳『再生産―教育・社会・文化』藤原書店,1991.

参考文献: ピエール・ブルデュー著,立花英裕訳『国家貴族―エリート教育と支配階級の再生産 Ⅰ・Ⅱ』藤原書店,2012.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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