日本のおもな郷土菓子(読み)にほんのおもなきょうどがし

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本のおもな郷土菓子
にほんのおもなきょうどがし

*印は、別に本項目があることを示す。
〔北海道〕
うに煎餅(うにせんべい)
 室蘭(むろらん)市の富留屋(ふるや)3代目が創作した名物煎餅。北海道産のウニとバターに卵が混ざり合った独特の風趣が甘辛両党に好まれる。材料を練り合わせた生地(きじ)に焼きうにをのせ、天火で焼いてつくる。
塊炭飴(かいたんあめ)
 赤平(あかびら)市の名物飴。かつて黒いダイヤとうたわれた石炭に模した黒糖飴。飴の形は採炭された石炭そのもののように、不定形のぶっかき形状を呈している。
五勝手屋羊羹(ごかってやようかん)
 江差(えさし)町に宝暦(ほうれき)年間(1751~1764)創業したという老舗(しにせ)五勝手屋の名物羊かん。十勝(とかち)産ササゲの餡(あん)と諏訪(すわ)寒天をあわせて練り上げる。
バター飴(バターあめ)
 北海道名物。水飴とバターを材料にからりとつくった上質さらし飴の一種。大正の中ごろから家内工業的につくられていたが、現在ではトラピスト製菓など数社で量産している。
薄荷羊羹(はっかようかん)
 北見地方のハッカ栽培は、現在では人造品に押されて衰退したが、かつては全国一の生産量をあげ隆盛をきわめた。北見市の菓子舗清月が、香りの強いハッカに道産のアズキ、ビート糖を用いて創作した名物羊かん。特有の清涼感と香りが夏の菓子にふさわしい。
山親爺(やまおやじ)
 瓦(かわら)煎餅の一種で、札幌市、千秋庵(せんしゅうあん)の銘菓。北海道産の良質小麦粉、バター、牛乳、卵を使って雪の結晶形に焼き上げ、煎餅の表面にサケを担いだクマの姿が浮き上がる。菓名の山親爺は、道民の親愛と畏敬(いけい)の念を込めたヒグマへの愛称。
よいとまけ*
 苫小牧(とまこまい)市、三星(みつぼし)創製のロールカステラ。製紙の町苫小牧にちなんで丸太風につくり、作業する人々の掛け声を菓名とした。
わかさいも*
 半生(はんなま)の焼き菓子で、洞爺湖(とうやこ)温泉の名物。道南特産品の大福豆(白インゲン)を主材料に、焼きいもそっくりの風味、形に天火で焼き上げた菓子。和風スイートポテトといった味わい。
〔青森県〕
昆布羊羹(こんぶようかん)
 青森市の銘菓。手亡(てぼう)(インゲンマメ)の白餡(しろあん)と昆布粉を材料として、甘精堂初代三浦永太郎が1892年(明治25)創製した。昆布粉を煎(い)ることによって芳香を強調し、昔からの田舎(いなか)羊かんを銘菓に生まれ変わらせた。
津軽飴(つがるあめ)
 青森市の名物。津軽米と麦芽を糖化させてつくるべっこう色の水飴。戦国時代の陣中兵糧でもあり、津軽藩と深く結び付いた歴史をもつ。
つがる野(つがるの)
 菓舗ラグノオささきが創作したりんご菓子。弘前(ひろさき)市の銘菓。リンゴの果肉を白餡に混ぜ、紙に包んだ型破りな和菓子。
冬夏(とうか)
 弘前市の老舗(しにせ)大坂屋が家憲を伝えた1630年(寛永7)以来の古菓。糯米(もちごめ)をふわっと煎りつけ、繭玉の形にして砂糖をまぶしただけの手作り菓子であるが、菓名に大坂冬・夏の陣で武士を捨てた福井三郎右衛門(さぶろうえもん)の「武士は二君に見(まみ)えず」の諭しが込められている。
八戸煎餅(はちのへせんべい)
 八戸市の名物。淡泊な塩味の小麦粉煎餅。八戸藩鉄砲鍛冶(かじ)の竹之助が、南部砂鉄を鋳造して煎餅型をつくり、1830年(天保1)ごろ城下の市(いち)で売り出したのが始まりという。現在では南部煎餅の名に統一。
〔岩手県〕
明がらす(あけがらす)
 遠野市の名物。明治初年松林(しょうりん)堂創製のくるみ餅で、もち粉に砂糖を混ぜ、黒ゴマとクルミを加えてなまこ形の棹物(さおもの)にこしらえる。切り口の姿が白みかけた空にカラスが群れているようにみえるので、この名がある。
黄精飴(おうせいあめ)
 盛岡市、長沢屋の名代菓子。求肥(ぎゅうひ)の一種。アマドコロの球根の甘味を用い、蒸した白玉粉、水飴とともに加えて練り固めたもの。
田村乃梅(たむらのうめ)
 甘露梅の一種で逸品とされる。一関(いちのせき)市の銘菓。明治の末に田村子爵家が出入りの菓子司小野寺主馬蔵(しゅめぞう)に創作させたもので、白餡(しろあん)に梅肉を混ぜた餡を求肥で包み、塩漬けのシソの葉でくるんだもの。
南部煎餅(なんぶせんべい)
 盛岡市の名物。ごまをまぶした塩味のあっさりした小麦粉煎餅で、盛岡藩の支藩八戸(はちのへ)藩の市(いち)で売られたものが盛岡に伝わり名物となった。
豆銀糖(まめぎんとう)
 青大豆(だいず)粉を水飴で練り固めたきな粉菓子の一種。盛岡市の銘菓。貨幣の豆板銀(まめいたぎん)の形を模したことから名づけられた。
〔宮城県〕
足軽まんじゅう(あしがるまんじゅう)
 白石(しろいし)市の銘菓。麹(こうじ)みそで発酵させた皮で小豆餡(あずきあん)をくるみ、ふかしたもので、酒まんじゅうの一種。伊達政宗(だてまさむね)の時代に、同市かとうやの初代が、足軽や助郷(すけごう)人足のために、刈田(かった)郡の小坂峠で商ったのが始まりといわれる。
石巻最中(いしのまきもなか)
 石巻市の銘菓。糯米(もちごめ)の搗(つ)き粉を薄く溶かして隈丸角形(すみまるかくがた)に焼いた皮に、白ささげ餡を詰めたもの。明治の初めに、甲府松風屋に修業に出た者が創作したと伝えられる。
九重(ここのえ)
 仙台市の銘菓。香煎(こうせん)の一種。餅(もち)を細かく刻み、ユズやブドウなどの糖蜜(とうみつ)をまぶしたもの。玉沢8代目伝蔵が現在の形に仕上げた。
しおがま*
 塩竈(しおがま)市の名物菓子。みじん粉、砂糖、少量の塩でつくる軟落雁(らくがん)にシソの葉の粉末を散らしたもの。
仙台駄菓子(せんだいだがし)
 太白飴(たいはくあめ)を売っていた仙台市舟丁(ふなちょう)の石橋屋が、滅びゆく駄菓子に愛惜を感じ、東北一円を巡って集めた駄菓子の数々。いまでは仙台の名物菓子となっている。
松島こうれん(まつしまこうれん)
 松島名物の煎餅(せんべい)。鎌倉末期に円福寺(いまの瑞巌(ずいがん)寺)の紅蓮尼(こうれんに)が手すさびに焼いた煎餅といわれ、菅江真澄(すがえますみ)の日記や1820年(文政3)刊の案内書『松島図誌』にも紹介されている。歯ざわりがよく、淡い塩味と香ばしさをもつ短冊形の煎餅。
〔秋田県〕
秋田諸越(あきたもろこし)
 小豆(あずき)粉を原料とした落雁(らくがん)の一種で、杉山寿山堂初代の創製になる秋田市銘菓。佐竹侯によって「もろもろの菓子に勝る」と賞せられ、諸越と命名された。
明がらす(あけがらす)
 大館(おおだて)市、山田桂月(けいげつ)堂製の銘菓。クルミを中に散らした琥珀糖(こはくとう)の練り込みで、3センチメートル幅の棹物(さおもの)。切り口のクルミが夜明けの空を飛ぶカラスにみえるということから名づけられた。なお、遠野地方(岩手県)にも、素朴な形のくるみ餅(もち)が同じ名称で古くから伝えられている。
蕗の砂糖漬け(ふきのさとうづけ)
 秋田名物の砂糖菓子。特産の秋田フキの葉柄のあくを除き、糖蜜(とうみつ)で煮て砂糖をまぶしたもの。
〔山形県〕
狐面(きつねめん)
 キツネの面型に押した鶴岡(つるおか)市の小豆落雁(あずきらくがん)で、1840年(天保11)以来の出羽(でわ)銘菓。時の名君であった庄内(しょうない)藩主の酒井侯が、越後(えちご)長岡へ転封が決まったとき、領民が転封中止を嘆願して異例の一揆(いっき)を起こしたのが始まり。狐面には藩主御永城を祈って「何卒居成(なにとぞいなり)大明神」の意が込められている。
呉竹羊羹(くれたけようかん)
 酒田(さかた)市に1810年(文化7)ごろ創業した小松屋創作の名物白羊かん。土地名産の白アズキを用い、寒天、砂糖、青のりを入れて練り上げたもの。
時雨の松(しぐれのまつ)
 米沢(よねざわ)銘菓。米沢地方特産の青畑豆(ダイズ)を煎(い)って青きな粉をつくり、砂糖、水飴(みずあめ)で練り固めてから木型で押す。木型には松に降りかかる時雨の文様が刻んであるのでこの名がある。
のし梅(のしうめ)
 山形市、佐藤屋製。梅肉のエキス、寒天、砂糖を混ぜた液状のものを流し固め、短冊形に切って竹皮に包んだもの。
〔福島県〕
会津葵(あいづあおい)
 会津若松市銘菓のカステラ菓子。会津葵本舗製。昔、長崎商人足立仁十郎(じんじゅうろう)が藩主松平家に貿易のついでにもたらした南蛮菓子が始まりという。その後とだえていたものを、第二次大戦後製法を研究して復活させた。
薄皮まんじゅう(うすかわまんじゅう)
 郡山(こおりやま)市、柏(かしわ)屋の名代菓子。薯蕷(じょよ)まんじゅうの系統で、淡褐色の薄皮に漉(こ)し餡をくるんだ素朴なもの。
五郎兵衛飴(ごろべえあめ)
 五郎兵衛総飴本舗が創業1181年(養和1)以来と称する名物飴。糯米(もちごめ)のもやしを糖化させてつくる棹物(さおもの)で、会津藩の軍糧としても重用されてきた。
自安我楽(じゃんがら)
 いわき市平、みよし4代目が1950年(昭和25)に創製した半生(はんなま)菓子。この地方のじゃんがら念仏踊の太鼓になぞらえて、2枚のカステラ種皮に固練りの餡を挟んだもの。「自ら安んじ我から楽しむ」は、念仏踊を広めた祐天上人(ゆうてんしょうにん)創作の念仏ことば。
〔茨城県〕
梅羊羹(うめようかん)
 梅の名所水戸で、1889年(明治22)創業の井熊が創製して売り出した名物羊かん。赤アズキの羊かんを練り漉(こ)したものに、梅肉の羊かんを少しずつ加えて固めたもの。阿さ川製などもある。
のし梅(のしうめ)
 ウメの果実をつぶして砂糖と寒天で液状にし、平たく流し固めたものを短冊状に切って竹の皮で包んだ水戸の名物菓子。井熊などで売られている。
海苔羊羹(のりようかん)
 大洗(おおあらい)町、満留秀(まるひで)が創作した大洗銘菓。大洗海岸の岩礁で採取したイワノリを粉末にして手亡(てぼう)(インゲンマメ)の餡(あん)に混ぜ、こしの強い寒天を用いて棹物(さおもの)につくる。できあがり300グラムに対してイワノリの粉末3グラムが使われ、荒磯(あらいそ)の香りを演出している。
水戸の梅(みとのうめ)
 手亡(インゲンマメ)の白餡を求肥(ぎゅうひ)でくるみ、梅酢に漬けた赤しその葉で巻いたもの。実際は塩漬けの赤しそを用いるが、領主徳川光圀(みつくに)が梅を愛したこと、徳川斉昭(なりあき)が偕楽園(かいらくえん)をつくって梅を植えたことなど、水戸藩史にちなんで菓名がつけられた。
吉原殿中(よしわらでんちゅう)
 いわゆる五家宝(ごかぼう)といわれる菓子で、水戸銘菓。徳川光圀が菓子を所望したとき、吉原という侍女が普段蓄えておいた乾飯(ほしいい)を蒸し直し、きな粉をまぶしてさしあげた。これが節倹を旨とした光圀に嘉賞(かしょう)され、吉原殿中と名づけられたという。水戸地方では一般に殿中とよぶが、この菓名は幕末に成った『新編常陸(ひたち)国誌』にも「デムチウ」と記されている。
〔栃木県〕
古印最中(こいんもなか)
 足利(あしかが)市、香雲(こううん)堂本店創製の名物最中、最中の外皮の模様は、足利学校の蔵書に押してある古印を模したもの。このほか、和同開珎(かいちん)、万年通宝などの銭貨をかたどった古銭最中が他店でつくられている。
友志良賀(ともしらが)
 宇都宮市の名物菓子。県特産のかんぴょうの砂糖漬け。上質のかんぴょうをあく抜きし、何度も糖液に浸してつくられる。
日光羊羹(にっこうようかん)
 1837年(天保8)刊の『日光山志』に名産としてあげられた羊かん。いまでは「日光祢(ね)りようかん」の看板を掲げる名舗、ひしやだけが生き残った。十勝大納言(とかちだいなごん)アズキを用いた羊かん1種類しかないが、製法は昔ながらに全工程が手仕事。店売り以外はしないという頑固商法に、風味への自信のほどがうかがえる。
〔群馬県〕
いそべ煎餅(いそべせんべい)
 安中(あんなか)市磯部(いそべ)温泉名物の鉱泉煎餅。磯部の庄屋(しょうや)、大手万平が創製し、明治の初めにミネラルと銘打って売り出し、一躍名物となった。
糸ぐるま(いとぐるま)
 前橋市、青柳(あおやぎ)本店製。前橋が養蚕、製糸、絹織物の産地であることから、ユズの香りの白餡(しろあん)を包んだ最中(もなか)を繭形につくり、すり砂糖をかけた。1934年(昭和9)から前橋衣(まえばしごろも)の名で売られていたもの。
観音力(かんのんりき)
 高崎市、観音屋製。白玉粉と砂糖を混ぜて蒸籠(せいろう)で蒸し、アズキの風味を生かした餡を包み込んだもの。1936年(昭和11)同市の郊外に建立された白衣観音像を記念してつくられた。
下馬将軍(げばしょうぐん)
 卵、砂糖、小麦粉種でつくった厚焼き煎餅。前橋市、新妻(にいづま)屋が明治の中ごろに創製して売り出した。江戸時代、千代田城に立てられた下馬札の形を模してつくられたことからこの名がある。
鉱泉饅頭(こうせんまんじゅう)
 安中市磯部温泉の名物まんじゅう。この地で産する良質の小麦粉を鉱泉水でこねて皮をつくり、小豆餡(あずきあん)を包んで蒸したもの。鉱泉水を使うために皮が黄色く、独特の香りがあるのが特徴。
麦落雁(むぎらくがん)
 大麦粉の落雁で、館林(たてばやし)市名物。大麦粉ははったい粉ともいわれ、香煎(こうせん)に用いられたり、粉に砂糖を加え、熱湯で溶いて茶菓に供したりした。館林で風味のよい落雁が創作されたのは1821年(文政4)と伝えられる。
焼きまんじゅう(やきまんじゅう)
 前橋市、沼田市名物の味噌(みそ)まんじゅうで、前橋では原嶋屋、沼田では玉屋が有名。素まんじゅうとよばれる餡なしの大きな酒(さか)まんじゅうを5個串(くし)刺しにし、焼いて味噌をつける。もともとは群馬地方で主食がわりにされた菓子で、寛保(かんぽう)年間(1741~1744)にはあったらしい。
〔埼玉県〕
あんびん餅(あんびんもち)
 熊谷(くまがや)市、栄寿堂の名代菓子。大きくつくられた大福餅で、餡(あん)に砂糖けがなく、薄塩味なのが特徴。
五家宝(ごかぼう)
 糯米(もちごめ)を主材料とした米菓の一種。熊谷市の名物。享保(きょうほう)年間(1716~1736)に五箇村の里人が乾飯(ほしいい)を蒸して棒状につくり、五箇棒と称したのが始まりといわれる。
草加煎餅(そうかせんべい)
 草加市名物の塩煎餅。しょうゆがつくられてから香ばしい風味が加わり、奥州街道筋という地の利を得て有名になった。
初雁城(はつかりじょう)
 川越(かわごえ)市特産のサツマイモ(ベニアカ)でつくられた芋落雁(らくがん)。亀屋創製。菓名は、初雁城とよばれた河越城にちなむ。
飯能饅頭(はんのうまんじゅう)
 飯能市、新島田屋のみそまんじゅう。文化・文政(ぶんかぶんせい)期(1804~1830)に飯能の紺屋(こうや)甚兵衛が上方(かみがた)から仕法を習ってきたもので、小豆(あずき)餡入りの酒(さか)まんじゅう二つを串(くし)に刺し、焼いてみそをつけた素朴なもの。
〔千葉県〕
初夢漬け(はつゆめづけ)
 八日市場(ようかいちば)市、鶴泉(かくせん)堂の銘菓、小ナスの砂糖漬け。糖蜜(とうみつ)で何回も煮込み、ナスの原型のままつくりあげたゼリー状菓子である。
落花煎餅(らっかせんべい)
 八日市場市、坂本屋総本店が1911年(明治44)に、特産の落花生を砕いて、溶いた小麦粉に混ぜ、薄焼きの煎餅をつくったのに始まる。軽くさわやかな歯ざわりに落花生の風味が生かされ、現在では千葉県の名菓。
〔東京都〕
芋ようかん(いもようかん)
 浅草、舟和(ふなわ)の名代菓子。サツマイモをあく抜きし、砂糖、水飴(みずあめ)を加えて練り、蒸した羊かん。
梅ぼ志飴(うめぼしあめ)
 日本橋、栄太楼の名物飴。砂糖に晒(さら)し水飴を加えて煮つめ、着色料、香料を加えて固めたもの。
喜作最中(きさくもなか)
 1914年(大正3)創業のうさぎや初代谷口喜作が創作。元来、最中は安物菓子として軽視されていたが、喜作は、純粋糯米(もちごめ)の皮に上質の餡(あん)を包んだ豊かな風味のものにつくりあげた。
切山椒(きりざんしょう)
 江戸時代からの正月菓子。サンショウの汁と砂糖を混ぜた新粉餅(しんこもち)を拍子木形に切ったもの。
金太郎飴(きんたろうあめ)
 江戸時代から子供に人気のある飴。どこを切っても断面に金太郎の顔が現れる。台東区根岸に金太郎飴本店がある。
葛餅(くずもち)
 江戸葛餅の草分けとして庶民に親しまれた亀戸(かめいど)天神前、船橋屋の名代菓子。葛餅は小麦デンプンでつくり、きな粉、黒糖蜜で食べる。
栗饅頭(くりまんじゅう)
 明治から大正にかけてつくられ普及した高級焼き菓子。栗餡、または栗粒入りの白餡を小判形に皮で包み、表面に栗色の照りをつけて焼き上げる。
紅梅焼(こうばいやき)
 浅草、梅林堂が江戸時代からつくってきた名物煎餅(せんべい)。小麦粉、砂糖、ごまを混ぜた生地(きじ)で、梅、桜、木の葉形などに抜いて鉄板で焼き上げたもの。
言問団子(ことといだんご)
 向島(むこうじま)名物の三色団子で、小豆(あずき)餡、白餡、黄色い求肥(ぎゅうひ)にみそ餡をくるんだ三種。在原業平(ありわらのなりひら)の歌にちなんで命名されてから一躍名物として有名になった。
塩瀬まんじゅう(しおぜまんじゅう)
 1350年(正平5・観応1)中国から渡来した林浄因の創製になる薯蕷(じょよ)まんじゅう。酒(さか)まんじゅう系統の虎屋(とらや)と並び、まんじゅうの双璧(そうへき)としていもの膨れを応用した系統の創始である。
秋色最中(しゅうしきもなか)
 芝・三田、大坂屋の名菓。最中のもっとも古い形、円月をそのまま守り、緑、白、薄茶の皮に栗餡、黒糖餡、小倉(おぐら)餡を入れたもの。糯米だけを使った種皮に風格がある。大坂屋は寛文(かんぶん)年間(1661~1673)創業の上菓子の老舗(しにせ)である。
玉だれ(たまだれ)
 日本橋、栄太楼の創業以来の銘菓。みじん粉、ヤマイモ、砂糖、おろした根わさびを練ったものを芯(しん)に、求肥で巻いた棹物(さおもの)
羽二重だんご(はぶたえだんご)
 東日暮里(にっぽり)で江戸時代から現代に続く名物団子。餅のきめ細かさを世人が羽二重とよんで菓名がつけられた。
藤村羊羹(ふじむらようかん)
 本郷、藤村の名代菓子。加賀藩の遠州流茶人、浅香忠左衛門が藩主の命により京都駿河(するが)屋に対抗して創製。のち10代目藩主の江戸出府に従い本郷に藤村の店を構えた。良質の大納言(だいなごん)アズキの表皮を除き、正味3分の1だけを使うというあくを残さない淡泊な羊かんである。
三笠山(みかさやま)
 文明堂の銘菓どら焼き。奈良の三笠山にちなんで名づけられた。銅鑼(どら)形の皮2枚の間につぶし餡を挟んだ菓子で、とくに小麦粉、砂糖、卵を種汁とする皮に微量の酒を加え、独特の風味をつくりだしている。
〔神奈川県〕
甘露梅(かんろばい)
 熱海(あたみ)、小田原の名物菓子。もともとはウメの実をシソの葉で包んで砂糖漬けにしたものであるが、いまは餡(あん)を求肥(ぎゅうひ)でくるみシソの葉で包んだ形になっている。
亀楽煎餅(きらくせんべい)
 明治の初め、長谷川(はせがわ)亀楽が創製して売り出した卵入りの小麦粉種煎餅。横浜市名物。江戸時代から続いていた神奈川宿の亀甲(きっこう)煎餅を模したもので、全体に硬質で独特の風味をもつ。
西行饅頭(さいぎょうまんじゅう)
 大磯(おおいそ)町、新杵(しんきね)製の名物まんじゅう。小麦粉、卵、黒糖を材料にした茶色の皮に「西行」の二字が焼き込まれた素朴なもの。西行法師が鎌倉の源頼朝(よりとも)を訪れたおり、帰途この地の鴫立沢(しぎたつさわ)を通り歌を詠んだ故事にちなんでつくられた。
力餅(ちからもち)
 鎌倉市長谷(はせ)の老舗(しにせ)、力餅家の名代菓子。力餅家は鎌倉権五郎(ごんごろう)を祀(まつ)る御霊社(ごりょうしゃ)参道の入口にあり、豪力無双とうたわれた権五郎にちなみ、力餅と称する餡餅を茶屋掛けで商った。江戸時代から夫婦(めおと)饅頭(白と茶の小まんじゅう)とともに江の島、鎌倉見物の人々に人気があったという。
文六梅(ぶんろくうめ)
 熱海、湯河原(ゆがわら)の温泉街の土産(みやげ)物として有名。梅肉、寒天、砂糖を煮溶かして液状にし、平たく固めたいわゆる「のし梅」を細く切ってけし粒をまぶした名物菓子。
〔新潟県〕
ありの実(ありのみ)
 新潟市の銘菓。果実加工菓子の一種。新潟の老舗(しにせ)はり糸が1909年(明治42)に創作、名物として知られる。ナシをジャム状にし、これに寒天、水飴(みずあめ)、砂糖を加えて円筒に流し込み固めたのち、輪切りにして乾燥させ、種子の部分を型抜きして、みじん粉をまぶしたもの。明治時代に生まれた斬新(ざんしん)な菓子。
柿の種(かきのたね)
 越後(えちご)米のうま味を生かした米菓で、しょうゆ味に適度に唐辛子をきかせたかき餅(もち)の一種。長岡市の浪花(なにわ)屋製。
笹団子(ささだんご)
 初めは新潟地方の各家庭でつくられた菓子。ヨモギの葉をすりつぶして加えた餅で餡(あん)をくるみ、クマザサの葉で包んで蒸し上げたちまき風のもの。
高田飴(たかだあめ)
 上越市高田の名物飴。粟(あわ)飴、笹飴、翁(おきな)飴の3種を総称して高田飴という。粟飴がもっとも古く、ついでアワを糯米(もちごめ)にかえてこしらえた水飴を笹にくるんだ笹飴ができた。翁飴は糯米を原料とする水飴に、みじん粉、寒天、香料を加え、求肥(ぎゅうひ)飴風につくったもの。
柚香理(ゆかり)
 新潟市、新発田(しばた)市の銘菓。糯米を加工してあられ状につくり、ユズ風味をかけた菓子。熱湯を注いで味わう。一種の香煎(こうせん)
柚餅子(ゆべし)
 巻(まき)町の老舗本間屋の名代菓子で、重厚な風格をもつ棹物(さおもの)の柚餅子。半透明の飴色をしたこの柚餅子は、1829年(文政12)の冬、豪雪のなかで助けた京の雲水から本間屋初代楢右衛門(ならえもん)が仕法を伝授されたもの。糯米をふかし、和三盆、蜜(みつ)、ゆず皮とともに搗(つ)き上げて笹ぐるみとする。
養生糖(ようじょうとう)
 新発田市、長尾商店が1895年(明治28)に創作した菓子。水戸産の良質黒ごまを、ヤマイモの粉と糖蜜で包みながら乾燥させ米粒状に仕上げたもの。
〔富山県〕
薄氷(うすごおり)
 小矢部(おやべ)市石動(いするぎ)の菓子商、五郎丸屋5代目渡辺八左衛門が1752年(宝暦2)に創製。糯米(もちごめ)と和三盆でつくられた厚さ2ミリメートルの薄氷そっくりの干(ひ)菓子。
江出乃月(えでのつき)
 高岡の菓子司、志乃原の2代目市郎平が安政(あんせい)(1854~1860)のころに創作した最中(もなか)の一種。丸い最中の皮を2枚にはがして中に餡(あん)を挟むもの。
御所落雁(ごしょらくがん)
 南砺(なんと)市(旧井波(いなみ)町)の名物落雁。越中粳米(えっちゅううるちまい)を材料に和三盆をあわせ、木型に詰めた打ち菓子。糸巻の模様があるので糸巻落雁ともいう。
月世界(つきせかい)
 富山市の銘菓。卵黄を和三盆とあわせ、かき混ぜて泡立った姿そのままに溶液を棹(さお)状に固めて干菓子としたもの。淡黄色を帯びたきめの粗さは軽石のようであり、有明の空に残る月影の淡さと、月の地肌が表現されている。
〔石川県〕
おこし飴(おこしあめ)
 1830年(天保1)から金沢市に伝えられた俵屋の飴。オオムギのもやしを加賀米と混ぜ、発酵させてから絞って8時間炊(た)き、小桶(こおけ)や樽(たる)に流し込んで固める。飴は透明なべっこう色で、必要に応じ、たがねを打ち込み、飴を砕き起こすのでこの名がある。
加賀さま(かがさま)
 金沢市の坂尾甘露堂が明治の中ごろに創製した最中(もなか)。形は加賀藩主前田侯の紋所をかたどった梅鉢形で、直径17~18センチメートルもあり、花びらの一つ一つに3種類の餡(あん)が包まれている。
寿煎餅(ことぶきせんべい)
 金沢市、石川屋創製の名物煎餅。加賀藩祖前田利家(としいえ)の初入国を祝ってつくられたといわれ、糯米(もちごめ)を原料とした丸い煎餅の両面にすり砂糖を塗ったもの。紅白大小2種ずつあって「壽」の文字が書かれている。
柴舟(しばふね)
 金沢市銘菓のしょうが煎餅。前田利家入国のころ金沢にもたらされた桃山時代の菓子が原型といわれ、煎餅にしょうが糖蜜(とうみつ)を塗ったもの。菓名は、淡雪をかぶって犀(さい)川にたゆたう柴積み舟にちなむという。
吸坂飴(すいさかあめ)
 加賀市大聖寺(だいしょうじ)町に1624年(寛永1)のころからつくり伝えられてきた名物飴。吸坂は地名。麦芽を蒸し、米を混ぜて発酵させ煮つめてつくる。
千歳(ちとせ)
 金沢市の森八が江戸時代の中ごろに創作した紅白の祝い菓子。黒糖を使った餡を求肥(ぎゅうひ)で包み、紅白の粗びき米粉をまぶしたもの。
長生殿(ちょうせいでん)
 金沢市森八の名代菓子。落雁(らくがん)の最高級品とされる。加賀糯米を材料とし、阿波(あわ)和三盆の甘味、唐墨(からすみ)を模した形、淡い紅白の色と、すべてがそろった銘菓である。
娘娘万頭(にゃあにゃあまんじゅう)
 山中温泉、石川屋製の薄皮まんじゅうで、加賀銘菓。木地師(きじし)であった初代が菓子行商のあと、明治の中ごろ温泉場に定着、浴客に親しまれるまんじゅうをつくった。娘娘万頭と名づけたのは1955年(昭和30)ごろ。娘娘とは加賀ことばでよく働くしっかり娘をさすといわれ、それにかけて、色は浅黒いが味のよいまんじゅうの意にしたという。
丸柚餅子(まるゆべし)
 輪島で安政(あんせい)年間(1854~1860)に創製されたもので、いわゆる「ゆべし」の原型。ユズの頭部を輪切りにし、くりぬいた中身に米粉、砂糖を練り合わせ蒸して詰め、さらに蒸して乾燥させ3か月もかけてつくる。
わさび餅(わさびもち)
 白山市、越原甘清堂(こしはらかんせいどう)の名代菓子。求肥(ぎゅうひ)を素材とし、これに手取川(てどりがわ)上流の白峰(しらみね)村でとれるワサビをすりおろしてあわせた生菓子。薄緑色、半透明の甘い求肥餅にワサビの風味が生かされている。
〔福井県〕
求肥昆布(ぎゅうひこんぶ)
 敦賀(つるが)銘菓で、老舗(しにせ)紅屋の創製。紅屋は、江戸時代に北海道松前から敦賀に運ばれる昆布の問屋であったところから、昆布を粉末にし、糯米(もちごめ)、砂糖と練って求肥に仕立てることを考案した。短冊形の1枚1枚は濃緑色で、昆布の風味が豊かである。
けんけら*
 大野市の銘菓。粗びきダイズを砂糖、水飴(みずあめ)で固め、きな粉をまぶしたねじり菓子。菓名は、永平寺の僧健径羅(けんけいら)がつくったことからという。朝日屋ほか製。
羽二重餅(はぶたえもち)
 福井市の名物菓子。明治の末ごろ、富士見堂が東京で流行した紅梅餅にヒントを得て創製した。糯米の粉に砂糖、水飴を加えてつくる求肥の一種で、福井羽二重のような滑らかな舌ざわりからつけられた名である。
〔山梨県〕
かやあめ
 身延(みのぶ)名物。身延山久遠(くおん)寺の門前町で、1783年(天明3)創業の甘養亭が商ってきた土産(みやげ)物。カヤの実の渋皮を除き、飴(あめ)に和(あ)えて固めたもの。甘養亭は代々身延山御用を勤めてきた。
黒玉(くろだま)
 甲府市の名物菓子。直径3センチメートルの半球形につくった青エンドウのつぶし餡(あん)を、薄い黒糖羊かんで包んだもの。1930年(昭和5)沢田屋の創製になる。
月の雫(つきのしずく)
 特産のブドウでつくられた甲府市の銘菓。ざらめを白い液状に溶かし、これにブドウを浸して衣をかけた果実菓子。
〔長野県〕
おくりさん
 小布施町の銘菓で、東美濃(みの)地方の栗(くり)きんとんと同じ。同町の老舗(しにせ)岩崎の3代目が中津川市の川上屋で修業し、栗きんとんの仕法を小布施特産のクリに生かしたもの。
お焼き(おやき)
 室町時代の菜まんじゅうの名残(なごり)をとどめる信州の郷土菓子。季節の野菜を油で炒(いた)め、小麦粉の皮で包んで蒸し上げる。
かみっこ
 静岡県境に近い天竜村神原でつくられる丸柚餅子(ゆべし)で、飯田(いいだ)市多月堂が発売元。丸ユズの中身をくりぬき、クルミ、みそ、ごま、糯米(もちごめ)粉を混ぜたものを入れ、蒸し上げてから、陰干しにする。同地にこの古典菓子が伝えられたのは戦国末期という。
栗鹿の子(くりかのこ)
 小布施(おぶせ)町の名菓。栗と砂糖できんとんをつくり、別に甘煮にしておいた栗を混ぜ合わせたもの。きんとんは普通いも類でつくるが、栗を材料としたところに独特の風味がある。
栗羊かん(くりようかん)
 小布施町、桜井佐七商店の名物練り羊かん。1819年(文政2)創製。栗の粒を入れる土台の餡(あん)そのものも、裏漉(うらご)しされた栗でつくられている最高級の栗羊かん。
氷餅(こおりもち)
 餅を液状にして凍らせたのち、自然乾燥させてつくる。凍(し)み餅ともいい、武士の糧食として用いられてきた。信州名物の一つ。
御幣餅(ごへいもち)
 白飯を練って餅状につくり、たれを塗って炭火で焼き上げたもの。伊那(いな)谷、木曽(きそ)街道沿いに古くから伝わり、御幣にかたどったのでこの名があるが、団子形も多い。
塩羊羹(しおようかん)
 下諏訪(しもすわ)町、新鶴(しんつる)初代の創製になる名代菓子。十勝アズキ、茅野(ちの)寒天、上白糖を材料に、とろ火で練り合わせ、その間に塩加減がなされて手作りでつくられる。
そば落雁(そばらくがん)
 小布施町、小布施堂が大正の初めに創製した銘菓。そば粉を原料とし、粉糖とつなぎのデンプンを加えてつくる打菓子。
力餅(ちからもち)
 碓氷(うすい)峠の名物餅。搗(つ)き上げた餅を小豆(あずき)(餡餅)、きな粉餅、大根おろしのからみ餅にして供する。源頼光(よりみつ)の四天王の1人、碓氷貞光(さだみつ)の怪力にあやかろうとつくられたのが始まり。1824年(文政7)刊の『吾嬬(あづま)紀行』にも紹介されている。
みすず飴(みすずあめ)
 上田市、飯島商店が1870年(明治3)に売り出した和風ゼリー菓子。水飴、寒天、砂糖に信州産の果物の汁を加えて固めたもの。
〔岐阜県〕
柿羊羹(かきようかん)
 生干しにした柿の果実に水飴(みずあめ)、砂糖を加え、寒天で煮つめて竹筒に流し込んだもの。1838年(天保9)槌谷(つちや)の4代目右助が創製したもの。大垣市の名物である。
からすみ*
 中津川市の銘菓。クルミ、ヨモギ、黒糖などを材料としたういろう餅(もち)の一種。雛(ひな)祭の菓子として昔はこの地方の家庭でつくられていたもの。
甘々棒(かんかんぼう)
 高山市の名物駄菓子。きな粉飴の一種。長さ20センチメートルほどの棒状で、高山屋台のかじ取りの大でこを模したという。
金蝶饅頭(きんちょうまんじゅう)
 大垣市の名物。白い皮の表面に餡(あん)が透けてみえる。金蝶堂初代吉田寿江子(すえこ)により1862年(文久2)に創作された。
栗きんとん(くりきんとん)
 東美濃(みの)地方特産のシバグリをゆでて裏漉(うらご)しをし、和三盆で甘味をつけて栗の形に仕上げた銘菓。中津川市の川上屋と、すやがとくに有名である。
ささ栗(ささぐり)
 中津川市、川上屋の名代菓子。前述の栗きんとんの餡(あん)にアズキの羊かん種をかぶせて棹物(さおもの)にし、竹皮に包んで蒸したもの。
栃の実せんべい(とちのみせんべい)
 下呂(げろ)温泉の名物。粗びきのトチの実を小麦粉、砂糖と混ぜ合わせ、小判形に焼いた関西風の煎餅(せんべい)。下呂市湯之島にある養老軒の初代玉置鶴吉が1892年(明治25)に創作したもの。
斐太国撰(ひだこくせん)
 飛騨(ひだ)特産の青ダイズを材料にした長さ3センチメートルほどのねじりおこし。高山市の名物。天正(てんしょう)(1573~1592)のころに原型があったといわれる古い菓子である。
巻柿(まきがき)
 干した柿の果実を藁(わら)に包んで荒縄で巻き上げて保存し、飴状に発酵したものを食べる。古い菓子の一つである。
三島豆(みしままめ)
 高山市名物の砂糖豆。1882、1883年(明治15、16)ごろ三島治兵衛(じへえ)が創作したのでこの名がある。高山特産の青ダイズを水に浸し、3~4倍に膨れた豆に糖蜜(とうみつ)をまぶし、焙炉(ほいろ)で乾燥させてつくる。火打ち豆の別名もある。
〔静岡県〕
安倍川餅(あべかわもち)
 静岡市の名物きな粉餅。東海道を通る旅人に、安倍川のほとりの茶店で供され、大繁盛したのが始まりという。
追分羊羹(おいわけようかん)
 清水市(現静岡市)名物の蒸し羊かん。材料を柔らかく溶いて竹皮に包んで蒸した古風なもの。寛文(かんぶん)年間(1661~1673)の創始という。
子育飴(こそだてあめ)
 旧東海道小夜ノ中山(さよのなかやま)の夜泣石伝説で知られる扇屋の水飴。糯米(もちごめ)を原料とする水飴で掛川市名物であるが、1797年(寛政9)刊の『東海道名所図会』にも記されており、昔からの東海道名物。佐夜の中山で盗賊に殺された妊婦から赤子が産まれ、この水飴で成長した子供が母の仇(あだ)を討ったという伝説が絡む。
〔愛知県〕
上り羊羹(あがりようかん)
 名古屋市の銘菓。初代尾張大納言(おわりだいなごん)について駿河(するが)国(静岡県)からきた菓子司桔梗(ききょう)屋がつくったのが始まりという。「お上の召し上がる羊かん」の意で名づけられた。小麦粉、アズキ、砂糖、葛(くず)を材料に柔らかくつくりあげるもの。
阿は雪(あわゆき)
 岡崎市の銘菓。備前(びぜん)屋3代目藤右衛門(とうえもん)が「八丁みそのあんかけ豆腐」にヒントを得て1869年(明治2)に創製したもの。寒天、砂糖を煮立てた中に卵白を入れ、気泡化したところを棹物(さおもの)に仕上げる。
お千代宝(おちよぼう)
 名古屋、亀末廣(かめすえひろ)創製の糖菓子。小さな釣鐘型をした和三盆の塊で、小さくてかわいいの意「おちょぼ」に縁起のよい字をあてて名づけられた。京都、亀末廣ののれん分けの老舗(しにせ)である。
亀崎饅頭(かめざきまんじゅう)
 半田市亀崎で明治の中ごろ海軍大演習が行われたとき、明治天皇に献上するためにつくられたのが始まりである。甘酒皮を発酵させ、餡(あん)を包んで蒸し上げたもの。
きさらぎ*
 岡崎市の名物で、煎餅(せんべい)の一種。糯米(もちごめ)粉と上白糖でつくった生地(きじ)を切って天火で焼いたもの。
藤団子(とうだんご)
 名古屋市熱田(あつた)の名物。老舗つくは祢(ね)屋が天明(てんめい)年間(1781~1789)に有平糖(あるへいとう)で赤、黄、緑、赤、黄(きよめ餅(もち)総本家では青、黄、赤、紫、白の5色)の輪をつくり、藁(わら)に通して売り出したものである。平安の昔、熱田の大宮司職が尾張氏から藤原氏に譲られたのを祝い、みじん粉でこれをつくったのが始まりといわれる。
夏の霜(なつのしも)
 名古屋、亀末廣の6月から9月までの季節菓子。漉(こ)し餡の天と地を軟落雁(らくがん)で挟んだもので、初代吉田太一郎の創製になる。
納屋橋饅頭(なやばしまんじゅう)
 名古屋市の名物まんじゅう。甘酒皮で餡を包んだ小形のもの。大正の初め、納屋橋が石橋にかわったのを記念して名づけられた。
二人静(ににんしずか)
 和三盆を紅白に丸く打ち分け、薄い和紙に包んだもの。名古屋、両口屋の銘菓で、能の「二人(ふたり)静」から名づけられた。
〔三重県〕
赤福餅(あかふくもち)
 伊勢(いせ)市名物の素朴な餡(あん)餅。1707年(宝永4)浜田治兵衛創業。お伊勢参りの人々と幸福を喜び合う心でつくったのが始まりという。
いばら餅(いばらもち)
 粳米(うるちまい)の団子に漉(こ)し餡を包み、サルトリイバラの葉で上下を挟んで蒸した香り菓子の一種。津市の銘菓。葉の香りがほんのりと団子に移り独特の風味がある。
老伴(おいのとも)
 松阪市、柳屋奉善初代創製の最中(もなか)羊かん。1584年(天正12)松坂城主となった蒲生氏郷(がもううじさと)の御用菓子司として、不老長寿の瓦(かわら)模様をつけた最中を創作し、「古瓦」と名づけて献上したのが始まりという。
関乃戸(せきのと)
 アズキの漉し餡を求肥(ぎゅうひ)でくるみ、上に鈴鹿(すずか)山の雪に見立てて和三盆をまぶした小形の餅菓子。1624年(寛永1)に武士を捨てた服部(はっとり)伊予は京都に出て菓子修業し、のち深川屋吉右衛門(ふかわやきちえもん)と名のって関の町に移り商ったのが始まりという。
〔滋賀県〕
あも*
 大津市、叶匠寿庵(かのうしょうじゅあん)の名代菓子。丹波大納言(たんばだいなごん)アズキの餡(あん)で求肥(ぎゅうひ)をくるんで棹物(さおもの)に仕上げた。菓名のあもは餡餅(あんもち)の略。
姥が餅(うばがもち)
 草津市名物、うばがもちやの餡餅。近江(おうみ)源氏の幼君を育てるため、乳母(うば)が草津の宿(しゅく)で餅売りをしたのが始まり。指頭大の小さな餅をさらし餡でくるんだ形は、乳母の乳首、上にのせた白砂糖は乳に見立ててある。
御所鏡(ごしょかがみ)
 大津市鶴屋益光(ますみつ)の銘菓で、花びら餅の一種。糯米(もちごめ)に卵白、砂糖、水飴(みずあめ)を加えて求肥餅をつくり、白アズキに京白みそ、せん切りニンジンを、砂糖、水飴で炊(た)いて餡をつくり、それを(ぶと)の形にくるむ。このとき砂糖煮した先開きのゴボウを抱かせる。仕上げは焼け火箸(ひばし)でかすみ目を入れるのが特徴。12月から正月までの菓子。
〔京都府〕
あぶり餅(あぶりもち)
 京都市今宮神社前の名物餅。搗(つ)きたての餅を指頭大にちぎり、先を二つに開いた竹串(たけぐし)に刺して炭火で焼き、たれをつけて食べる。たれは白みそと白砂糖、黒砂糖を緩く溶いたものが用いられる。
雲竜(うんりゅう)
 1755年(宝暦5)創業の京都市、俵屋吉富(よしとみ)の名代菓子。丹波(たんば)アズキの小倉餡(おぐらあん)を村雨(むらさめ)餡(漉(こ)し餡と薯蕷羹(じょよかん)、もち粉を練って蒸したもの)で巻いた太棹物(ふとさおもの)
黄檗(おうばく)
 アワを粉にひいて蒸し、寒天、砂糖を加えて固めた粟(あわ)羊かんに、きな粉をまぶした菓子。もとは黄梁(おうりょう)といい、1695年(元禄8)以来の老舗(しにせ)、鎰屋延秋(かぎやのぶあき)が手がけていたが、同家が店を閉じたあと、1920年(大正9)に鎰屋政秋が本家の仕法を踏襲、黄檗としてふたたび世に出した京名菓。
お千代宝(おちよぼう)
 京都、亀末廣(1808年創業)の創製になる。和三盆を釣鐘型に固めた糖菓子。亀末廣は代々二条城出入りの菓子舗であり、とくに3代目は生(き)砂糖を発明して京菓子に一段と光彩を加えた。
釜風呂(かまぶろ)
 京都市、大原女(おはらめ)家創製。半生(はんなま)の焼き菓子で、卵、小麦粉、砂糖を混ぜた皮に、ユズの香りをにおわせた白ささげ餡を包んで八瀬(やせ)の竈(かま)風呂の形につくったもの。
亀末大納言(かめすえだいなごん)
 丹波大納言の新アズキをふっくらと炊いて山崎竹の器に盛った単純で繊細な菓子。亀末廣(1808年創業)初代の創製になる。新アズキの香りを身上とし、12月から4月までの季節菓子である。
唐板(からいた)
 玉雲堂の名代菓子。小麦粉、砂糖、卵を練り上げた生地(きじ)で薄く焼いたもの。本来は上御霊(かみごりょう)神社の神饌(しんせん)菓子で、守り札の形につくられている。
祇園ちご餅(ぎおんちごもち)
 京都市、三条若狭(わかさ)屋創製。白みその餡を求肥(ぎゅうひ)でくるみ、筒状にして串(くし)に刺したもの。祇園祭のおり、稚児社参(ちごしゃさん)のあと、八坂神社前の二軒茶屋が田楽(でんがく)刺しの餅を神前に供え、稚児衆にふるまう習わしが昔からあったが、それにちなんでつくられた。
きぬた
 京都市、長久堂創製の銘菓。紅色の練り羊かんを求肥に巻いて棹物にし、阿波(あわ)の和三盆をまぶしたもの。1831年(天保2)横山長兵衛が、秋の夜の砧(きぬた)打つ音を聞いてその雅趣を菓子に表現してつくったという。
葛切り(くずきり)
 葛粉に砂糖、湯を加えてこね、うどん状に切ってゆであげたもの。本来は料理に用いた。祇園町鍵善(かぎぜん)の葛切りはとくに有名。
如心松葉(じょしんまつば)
 枯れ松葉の姿につくった京干菓子。井筒屋重久の初代、平井加賀守(かみ)源朝臣(あそん)秀名(ひでな)が創作、表千家7世如心斎宗左(そうさ)が愛用したことから名がつけられた。
真盛豆(しんせいまめ)
 炒(い)った丹波黒豆に、きな粉、水飴(みずあめ)、砂糖を練った衣をかぶせ、青海苔(のり)をふった菓子。真盛上人(しょうにん)が辻(つじ)説法のおり、黒豆を煎(い)って人々に与えたのが始まりという。
洲浜(すはま)
 きな粉を水飴で練り、棹物に仕上げた菓子。京都の御洲浜司、植村義次(よしつぐ)店の初代が1657年(明暦3)ころ滋賀県南東部に伝わる郷土食から創製したといわれる。
そば板(そばいた)
 そば屋の尾張(おわり)屋13代目が上御霊神社の唐板風につくった煎餅(せんべい)の一種。そば粉に小麦粉、蜂蜜(はちみつ)、砂糖、卵を加えて練り、ごまをふって焼いたもの。
蕎麦ほうる(そばほうる)
 京干菓子の一種、河道(かわみち)屋の名代菓子。そば粉に卵、砂糖を加えて水でこね、梅の花形に打ち抜いて天火焼きしたもの。
道喜ちまき(どうきちまき)
 初代川端道喜が後柏原(ごかしわばら)天皇(在位1500~1526)に献上し、内裏(だいり)ちまきの菓名を賜ったのが始まり。羊羹(ようかん)ちまき、水仙ちまきの2種がある。
虎屋饅頭(とらやまんじゅう)
 京都、虎屋黒川創製の酒まんじゅう。同店中興の祖といわれる黒川円仲が、後水尾(ごみずのお)天皇(在位1611~1629)に献上してから有名になった。
麩まんじゅう(ふまんじゅう)
 生麩(なまぶ)で漉し餡をくるんだまんじゅう。麩嘉(ふうか)の笹満起(ささまき)は竹笹(たけざさ)に麩まんじゅうを包んだもので、とくに有名。
松風(まつかぜ)
 紫野味噌松風(むらさきのみそしょうふう)ともいう。大徳寺156世住職江月和尚(こうげつおしょう)が創作した銘菓。京白みそと小麦粉に砂糖を加えて練り、黒ごまを上に散らし天火で焼いたもの。
みたらしだんご*
 京都、賀茂御祖(かもみおや)神社の祭礼などに氏子の家庭でつくられたもので本来は神饌菓子。指頭大の串に刺した団子に葛餡をかけたもの。
八ツ橋(やつはし)
 米粉をこねて蒸し、砂糖、蜂蜜、肉桂(にっけい)粉、けし粒を加えて練り、薄型にして焼いた京都名物。箏(こと)の八橋検校(けんぎょう)にちなんでつくられ、箏の形につくったという。
柚餅(ゆもち)
 鶴屋吉信(よしのぶ)の名代菓子。求肥(ぎゅうひ)の一種。青ユズの香りをにおわせた淡い緑色の指頭大の餅に和三盆をまぶしたもの。
〔大阪府〕
岩おこし(いわおこし)
 糯米(もちごめ)を細かくひいて飴(あめ)で固めた大阪名物。1752年(宝暦2)道頓堀(どうとんぼり)の津の清(つのせい)が創製、歯あたりの固さから名づけられた。
菊の露(きくのつゆ)
 大阪市喜多林(きたばやし)堂創製の銘菓。有平糖(あるへいとう)の飴の一種。煮溶かした白砂糖と水飴を8、2の割合で混ぜ合わせ、煮つめ固まらせたもの。
五智果(ごちか)
 八尾(やお)市桃林堂で大正末年に創製された野菜、果物の砂糖漬け菓子。種類も多く、それぞれの材料にあわせて糖蜜(とうみつ)で煮つめられる。
さつま焼(さつまやき)
 住吉(すみよし)名物の焼き菓子。末広堂製。住吉大社への参詣土産(さんけいみやげ)として有名。元禄(げんろく)(1688~1704)のころから住吉特産であったサツマイモに模して、小麦粉に卵、砂糖を加えて皮をつくり、中にアズキの漉(こ)し餡を入れて、1本ずつ串(くし)焼きにしたもの。
蓬ヶ島(よもぎがしま)
 神仙の住む蓬莱(ほうらい)山のある蓬ヶ島に見立てた薯蕷(じょよ)まんじゅうの一種で、鶴屋八幡(はちまん)製。包丁を入れると切り口に小倉(おぐら)餡に囲まれて三つの小まんじゅうが姿をみせる。小まんじゅうの餡は挽茶(ひきちゃ)餡、黄味餡、紅餡で松竹梅を表し、正月や慶事に用いられる。
〔兵庫県〕
餡ぴん(あんぴん)
 伊丹(いたみ)市の銘菓。あんころ餅(もち)の一種。白い求肥(ぎゅうひ)餅を芯(しん)にし、外をアズキの漉(こ)し餡で包んで平丸型に仕上げたもの。上部に線がついている。茶道菓子として用いられる。
志ほみ饅頭(しおみまんじゅう)
 赤穂(あこう)市の名物。軟落雁(らくがん)で餡を包んだ小まんじゅう。天保(てんぽう)年間(1830~1844)江戸屋創製。赤穂塩田の潮見にちなんで名づけられた。
炭酸煎餅(たんさんせんべい)
 有馬(ありま)温泉と城崎(きのさき)温泉の名物。小麦粉に砂糖を加え、炭酸水で練って軽やかに焼き上げたもの。有馬温泉の炭酸煎餅は緒方洪庵(おがたこうあん)の一子惟準(これよし)の考案といわれる。
丁稚羊かん(でっちようかん)
 明石(あかし)市名物の蒸し羊かん。素朴な製法の羊かんで、丁稚奉公の身でも買える安さと、腹もちのよさから名づけられたという。京都、近江八幡(おうみはちまん)などでもつくられる。
〔奈良県〕
青丹よし(あおによし)
 奈良名菓の落雁(らくがん)。吉野葛(くず)と和三盆を唐墨(からすみ)風の短冊形に打ったもので、青と薄紅色の落雁が、薄紙の下からほんのりと透け、典雅な姿である。江戸中期には存在したらしいが、いまは多くの名舗が手がけている。
葛菓子(くずがし)
 奈良県特産の吉野葛でつくる葛落雁で、松屋田螺庵(たにしあん)の吉野拾遺が名物となっている。干(ひ)菓子ではあるが、熱湯に溶かして葛湯としても用いる。
大仏餅(だいぶつもち)
 奈良名物。大仏の焼き印を押した大福餅の一種。鎌倉時代の豪傑、朝比奈(あさひな)三郎がこれを食べて東大寺の鐘を鳴り響かせたという伝説があり、力餅的なイメージと結び付いている。
火打焼(ひうちやき)
 つぶし餡(あん)を求肥(ぎゅうひ)餅で包み、鉄板で焼いたもの。原型は奈良時代にあった唐(とう)菓子の(ぶと)といわれる。千代の舎(ちよのや)が江戸時代に再創作して売り出した。
饅頭(ぶとまんじゅう)
 春日(かすが)大社の神官がつくる神饌(しんせん)の唐菓子(からくだもの)を庶民的にした揚げまんじゅうで、明治初期から奈良市萬々(まんまん)堂が手がけてきた。米粉を練った皮に小豆餡(あずきあん)をくるみ、油で揚げたもの。その形状から伏兎(ぶと)の字もあてる。
わらび餅(わらびもち)
 ワラビの根を秋に掘ってデンプンをとり、これをこねて蒸した餅菓子の一種。葛餅(くずもち)に風味が似ており、きな粉や漉(こ)し餡で食べる。
〔和歌山県〕
三万五千石(さんまんごせんごく)
 田辺(たなべ)市の銘菓で福助堂の最中(もなか)。田辺港から積み出される吉野の真葛(まくず)を皮として小豆餡(あずきあん)を挟み、みじん粉をまぶした風変わりな最中。菓名は、紀伊(きい)田辺城主の安藤帯刀(たてわき)が3万5000石であったのにちなむ。
那智黒(なちぐろ)
 太地(たいじ)町、那智黒本舗の黒糖でつくられた飴(あめ)。熊野地方に産する黒石でつくった碁石にかたどったもの。
本の字まんじゅう(ほんのじまんじゅう)
 和歌山銘菓。1461年(寛正2)創業の駿河(するが)屋総本家が伏見(ふしみ)で鶴屋善右衛門(ぜんえもん)といったころからの酒まんじゅう。表面に本の字の焼き目を入れるのでこの名がある。江戸時代は紀州侯の御用菓子で、庶民は毎日城中への納品が済んだあとでないと買えなかった。
槇の華(まきのはな)
 高野山(こうやさん)名物の蒸し羊かん。1854年(安政1)創業の松栄堂製で、赤アズキ、白アズキを用いた蒸し羊かんのほか、柑橘(かんきつ)類を用いたものもある。本来は高野山での精進料理であったが、いまは一般的な土産(みやげ)菓子。
〔鳥取県〕
白羊羹(しろようかん)
 米子(よなご)市の名物羊かん。貴重な白アズキとこしの強い寒天を用いた本練り羊かん。色合いは黄灰色を呈する。
とちの実餅(とちのみもち)
 三朝(みささ)町にある三徳山三仏寺(さんとくさんさんぶつじ)の門前茶屋が商う名物餅。トチの実の皮をむき、灰汁(あく)であく抜きしたのち、糯米(もちごめ)を蒸して餅に搗(つ)く。餅の色は赤みがかった茶色を呈し、きな粉をつけて食べる。かつては三朝地方の郷土食であった。
〔島根県〕
生姜糖(しょうがとう)
 出雲(いずも)特産の出西(しゅっさい)ショウガを用いて、1715年(正徳5)来間文左衛門(くるまぶんざえもん)が創作、一子相伝で伝えてきた砂糖菓子。
菜種の里(なたねのさと)
 松江市の銘菓、軟落雁(らくがん)の一種。松江藩菓子司、面高屋(おもだかや)船越道順が菜の花畑に想を得て創作したもの。昭和の初めに三英堂によって復活された。
山川(やまかわ)
 松江藩主松平不昧(ふまい)公が品川の菓子司、伊勢屋越後大掾(いせやえちごだいじょう)につくらせた軟落雁。もち粉に精糖、塩を加えた打ち物で、紅白に色分けされている。
〔岡山県〕
大手まんぢう(おおてまんじゅう)
 岡山市、伊部屋(いんべや)の名代まんじゅう。ふかした糯米(もちごめ)を発酵させ、その汁に小麦粉、砂糖を加えて練った皮に餡を包んだもの。
吉備団子(きびだんご)
 1856年(安政3)広栄堂初代の創製になる岡山名物の団子。古くからあったきび団子を茶席用の求肥(ぎゅうひ)菓子につくったのが始まりである。
調布(ちょうふ)
 小麦粉に卵、砂糖を加えて焼いた皮で求肥を反物風に巻き上げた菓子。明治の初めごろ、吉備団子元祖の広栄堂と翁(おきな)軒とで売り出されて岡山名物となった。
初雪(はつゆき)
 津山市の銘菓で、甘味のあるかき餅の一種。1332年(元弘2)後醍醐(ごだいご)天皇が隠岐(おき)に流されたとき、里人が献上したとの伝説があり、江戸時代には軍兵の携行食でもあって盛んであったが、現在は武田待喜堂(たいきどう)など3軒がつくり続けている。
丸柚餅子(まるゆべし)
 高梁(たかはし)市、土屋天任堂が1837年(天保8)売り出した銘菓。ユズの実の下から中身をくりぬき、石臼(うす)でひいた糯米と砂糖、白みそを練ったものを詰めて蒸し、乾燥させる。いわゆる柚餅子の原型で、手作りでしかつくられていない貴重なものである。
〔広島県〕
大石餅(おおいしもち)
 広島市の名物菓子。忠臣蔵の大石内蔵助(くらのすけ)の次男が商人となって餅屋を開業し、のち大石餅と名づけて売り出した。羽二重(はぶたえ)皮の白餅にアズキの漉(こ)し餡を包んだもの。
和蘭ばってん棒(おらんだばってんぼう)
 江戸時代の初めから南蛮ばてれん棒の名で広島銘菓であったもの。月餅(げっぺい)を棒形にしたような焼き菓子の一種。
ひろ柿(ひろかき)
 広島市の銘菓で、風雅堂製。特産の西条(さいじょう)ガキをジャム状にし、糯米(もちごめ)粉と練って、短冊形にした求肥(ぎゅうひ)菓子。この菓子は1887年(明治20)に広島の風月堂がのし柿として売り出したものであるが、第二次大戦後、風雅堂がその技術を継承した。
もみじまんじゅう
 厳島(いつくしま)神社で知られる宮島の名物。アズキの漉(こ)し餡を、小麦粉、卵、砂糖を練った皮でくるみ、もみじの葉の形に焼き上げる。
〔山口県〕
あわ雪(あわゆき)
 下関(しものせき)市の銘菓。卵白を泡立て、溶かした寒天、砂糖と混ぜ合わせて固めたもの。純白で弾力性があり、味も上品で茶道用の菓子として愛好される。
お焼き(おやき)
 「萩(はぎ)のお焼き」と親しまれる素朴な菓子。米粉を練って蒸し、搗(つ)き上げてから小豆餡(あずきあん)を入れ、直径6センチメートルぐらいの平たい餅(もち)にして鉄板で焼く。ヨモギ入りの餅と白餅の2色がある。
三角餅(さんかくもち)
 柳井(やない)市、藤坂屋の創製になる名物菓子。糯米(もちごめ)を材料とした衣は白色で、水飴(みずあめ)、砂糖で甘味がつけられ、中に小豆餡が包まれ三角の形に仕上げられる。柔らかさと甘さが特徴である。
舌鼓(したつづみ)
 山口市に1883年(明治16)創業した山陰堂初代竹原弥太郎の創作になる求肥(ぎゅうひ)まんじゅう。白餡を防長糯米の求肥で小判型にくるみ、表面に舌鼓の焼き印が押してある。求肥と餡の調和が思わず舌鼓を打たせるというのが菓名のいわれ。
萩能薫(はぎのかおり)
 萩市特産のナツミカンの外皮を砂糖で煮つめた砂糖漬けの一種。明治の中ごろに創製され、しだいに改良されて現在に至っている。
〔徳島県〕
川田まんじゅう(かわだまんじゅう)
 1897年(明治30)ごろに創製された吉野川市の名物まんじゅう。甘酒皮をとくに薄く伸ばし、餡(あん)を包んで蒸し上げたもので、餡が外から手に触れそうな繊細な感触が特徴である。
小男鹿(さおじか)
 徳島市、富士屋の3代目が明治の中ごろに創製した名物菓子。小麦粉、小豆(あずき)粉、葛(くず)粉を、すりおろしたヤマイモとこね、甘味は当地特産の和三盆を用いて蒸し上げたもの。カステラ風に箱物に仕上げ、切って食する。
巻柿(まきがき)
 つるぎ町の古典的名菓。干し柿を十数個重ねて巻き込み、藁(わら)で包んでから縄で巻いたもの。飴(あめ)状の滋味をたたえた干し柿のうま味と、自然味を生かした野趣豊かな包装が好評。平家落人(おちゅうど)が製法を伝えたという。
〔香川県〕
瓦煎餅(かわらせんべい)
 幕末にくつわ堂の初代が、讃岐(さぬき)特産の白下糖を小麦粉に混ぜて焼いた大型の瓦煎餅で、高松名物。縦16センチメートル、横12センチメートル、厚さ5ミリメートルの大きさ。仕法は、小麦粉と白下糖を等量に用い、つやのある赤茶色に焼き上げる。固い歯ざわりが特徴。
木守(きまもり)
 高松市、三友堂創製。糯米(もちごめ)粉種の煎餅2枚の間に柿(かき)肉の餡を挟んだもの。千利休(せんのりきゅう)が愛玩(あいがん)した茶碗(ちゃわん)、銘「木守」が、のちに高松藩主松平侯に献上されたことにちなんでつくられ、菓子の片面に茶碗の高台(こうだい)を象徴するへこみがある。
源平餅(げんぺいもち)
 屋島名物の求肥(ぎゅうひ)餅で、高松市、吉岡源平餠本舗製。明治10年代に屋島の源平合戦にちなんだ菓子をというので、紅白の求肥餅を創作した。この菓子が一躍名物になったのは1903年(明治36)のことという。
紅白梅(こうはくばい)
 綾川(あやかわ)町にある滝宮(たきのみや)天満宮の神饌(しんせん)菓子。菅原道真(すがわらのみちざね)が讃岐守(さぬきのかみ)当時の住居跡に建てられた神社で、この献上菓子が土産(みやげ)物として売られるようになった。新粉(しんこ)に砂糖を混ぜ、菅公(かんこう)の紋所、梅にちなんで木型で梅花型に固めた打ち物である。
〔愛媛県〕
薄墨羊羹(うすずみようかん)
 松山市の名物。680年(天武天皇9)伊予国(いよのくに)に勅使が下って、西法寺の桜に御製一首と「薄墨の綸旨(りんじ)」を賜ったことにちなんでつくられたという。大納言(だいなごん)アズキの漉(こ)し餡を原料にした練りのよい羊かんである。
タルト*
 ゆず餡をカステラで巻いた生菓子。松山藩主久松定行が長崎探題となった(1645)おり、出島のオランダ商館で食した菓子を松山でつくらせたものという。
唐まんじゅう(とうまんじゅう)
 宇和島名物の焼き菓子で、南蛮菓子の一種。小豆餡(あずきあん)のかわりに砂糖を入れたまんじゅうで、両面から鉄板で焼くから皮はきつね色を呈し、中身の砂糖は溶けてカラメル状になる。一見、中が空洞のような奇妙なまんじゅう。
〔高知県〕
松魚つぶ(かつおつぶ)
 高知市、山西長栄堂が創作した肉桂飴(にっけいあめ)。かつお節の形そっくりに似せてつくられ、小槌(こづち)でたたき割って食する。
けんぴ*
 高知市の銘菓。小麦粉、砂糖を混ぜて練り、薄く伸ばしたものを固く細く巻いて天火焼きする。菓名は巻餅(けんぴん)の意。
〔福岡県〕
いつもじ
 久留米(くるめ)市、吉金(よしかね)菓子舗創製。同市の水天宮例祭の御守り札にあやかるように、明治の初年に御守り菓子として発売された。糯米(もちごめ)でつくった長方形の板に薄く砂糖を伸ばし、表に白色で梵字(ぼんじ)を表し御守り札風に模したもの。
梅ヶ枝餅(うめがえもち)
 太宰府(だざいふ)市、天満宮の菅原道真(すがわらのみちざね)遺愛の梅にちなんだ名物菓子。糯米(もちごめ)粉皮にアズキの漉(こ)し餡を包んで焼いたもので、表に道真の紋所、梅鉢模様が浮き出ている。
鶏卵素麺(けいらんそうめん)
 博多(はかた)の名物菓子。沸騰した糖蜜(とうみつ)の中に卵黄をそうめん状に押し出して冷まし固めたもの。創製者利右衛門(りえもん)がこれによって黒田藩御用菓子司を命ぜられ、松屋初代となった。
米煎餅(こめせんべい)
 柳川(やながわ)市、嘉月(かげつ)創製の銘菓。乾飯(ほしいい)を蒸して砂糖を加えて臼(うす)で搗(つ)き、平たく円形に伸ばして天日で乾燥させたものを強火で焼き上げる。焦げ目がついて膨らみ、特有の香ばしさがある。
鶴乃子(つるのこ)
 博多名物で、石村萬盛(まんせい)堂の名代菓子。1905年(明治38)に萬盛堂初代の石村善太郎が箱崎海岸に舞い遊ぶツルに想を得て売り出したもの。黄味餡をマシュマロで包み、紅白の卵に見立てた風雅な菓子。
二〇加煎餅(にわかせんべい)
 明治の末に創業した博多、東雲堂の創作煎餅。小麦粉、卵、砂糖でつくるものであるが、仮面マスクの形によって著名である。民俗行事博多どんたくに、人々は仮面をかぶり俄(にわか)に託して藩政や世相を風刺したが、この仮面を煎餅につくったもの。
宝満山(ほうまんざん)
 太宰府市の銘菓で、梅園の創作。卵黄を主体とした泡雪かん風の棹物(さおもの)で、卵の風味が生かされている。菓名は、天満宮を見下ろす修験道(しゅげんどう)の霊場、宝満山にちなむ。
〔佐賀県〕
小城羊羹(おぎようかん)
 小城町名産の練り羊かん。赤アズキ、砂糖、寒天、水飴(みずあめ)を材料につくられるが、水飴の量が少ないため練りがきいてねっとりしているのが特徴。初めは桜名所にちなんで桜羊かんとして売り出されたもの。
丸芳露(まるぼうろ)
 佐賀市名物の丸いどら焼き型カステラ。南蛮菓子の一種で、鍋島(なべしま)藩御用菓子司が長崎に出てオランダ人に習ったのが始まりという。
〔長崎県〕
一口香(いっこつこう)
 長崎市の銘菓。小麦粉で種をつくり、黒砂糖を中身として入れ、天火で焼き上げると、中の黒砂糖が溶けて空洞になっている。南蛮菓子の一種。
カステラ*
 長崎市、福砂(ふくさ)屋のカステラ。南蛮菓子の一種。1624年(寛永1)近江(おうみ)出身の米穀商・福砂屋寿助によってつくられた。その仕法はポルトガル人の直伝という。鶏卵、砂糖、小麦粉、水飴(みずあめ)を用いて焼き上げるが、風味、色合いのよさを保つため地卵を用いる。
寒菊(かんぎく)
 長崎市、松翁(しょうおう)軒創製の名物菓子。寒中に搗(つ)いた餅(もち)を伸ばし、菊の花、葉の形に抜いて焙炉(ほいろ)であぶり、すり砂糖をつけたもの。
口沙香(こうさこう)
 中国伝来の白雪(はくせっこう)系の菓子。糯米(もちごめ)粉、砂糖を混ぜ、蒸して固めたもので、落雁(らくがん)に似る。元禄(げんろく)年間(1688~1704)長崎をたびたび訪れた中国商人陳之香(ちんしこう)が伝えたという。
唐人巻(とうじんまき)
 長崎市の銘菓で中華菓子の一種。小麦粉に少量の砂糖を加えて練り、縄状に撚(よ)って油で揚げたもの。その形から「よりより」ともよばれるが、淡泊で素朴な風味には、奈良時代に渡来した唐菓子の原形がしのばれる。
〔熊本県〕
加勢以多(かせいた)
 江戸時代に熊本藩で茶席に重用したという練り菓子の一種。マルメロ(セイヨウカリン)の実をジャム状にして固め、天地をそぎ種(たね)(最中(もなか)種)で薄く押さえて短冊に切ったもの。
朝鮮飴(ちょうせんあめ)
 熊本市名物の求肥(ぎゅうひ)飴。天正(てんしょう)(1573~1592)のころから長生飴の名でつくられていた歴史をもつ。糯米(もちごめ)粉、水飴、黒糖を練り混ぜてつくる。
火の山せんべい(ひのやませんべい)
 バター、ミルクを使っている風変わりなかき餅(もち)で、阿蘇(あそ)の蘇ろく庵(あん)製。土産(みやげ)菓子で、家に持ち帰ってから焼いて食べる。竹皮を帯状に切って編み上げた包装が秀逸。
〔大分県〕
宇佐飴(うさあめ)
 米を材料とする短冊形のさらし飴で、古くから宇佐八幡(はちまん)宮の伝統的な土産(みやげ)とされてきた。神功(じんぐう)皇后が八幡神である応神(おうじん)天皇を出産したとき、武内宿禰(たけしうちのすくね)が糯米(もちごめ)から水飴をつくり、母乳がわりに用いたのが始まりと伝えられる。
臼杵煎餅(うすきせんべい)
 小麦粉、砂糖、卵で焼き上げた煎餅に、おろししょうがの汁と砂糖を混ぜて刷毛(はけ)ではいたもの。1600年(慶長5)岐阜から臼杵に移封された稲葉貞通(さだみち)に従ってきた菓子職人、玉津(たまつ)屋が元祖である。
巻柿(まきがき)
 耶馬渓(やばけい)名物。干し柿を藁(わら)巻きにしたもので、徳島県つるぎ町や飛騨(ひだ)地方の巻柿と手法は同じ。耶馬渓では戦国時代に特産の川底ガキを加工したのが始まりで、猪(いのしし)肉を藁すぼに包み、いろりの上に吊(つ)って保存したのがヒントになっているという。
三笠野(みかさの)
 竹田(たけた)市の銘菓。どら焼きの皮で小豆餡(あずきあん)を半月形に包んだもの。1804年(文化1)創業の但馬(たじま)屋幸助が、時の藩主中川久貴(ひさたか)の要請にこたえ創作した。
柚煉(ゆねり)
 大分市の銘菓。甘露柚煉という。ゆず皮の内側の部分を砂糖で煮つめたなめ物。日田の茶人、古後芝石(こごしせき)(古後老舗(ろうほ)の初代)の創製になる。
〔宮崎県〕
お乳飴(おちちあめ)
 日南(にちなん)市、鵜戸(うど)神宮の名物飴。指ほどの太さで、長さ6センチメートルぐらいの棒形をしており、なめると溶けやすい。祭神鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)が母君の乳を吸うことができなかったので飴によって育てられたという故事にちなんだもの。
つきいれ餅(つきいれもち)
 宮崎市名物。この餅の起源は神武(じんむ)天皇の神話伝承に始まるといわれ、1880年(明治13)金城堂初代堀場岩次郎がその神話にちなみつくりだしたのが現在の形である。求肥(ぎゅうひ)に蜜(みつ)で煮た小豆(あずき)粒を散らしたもの。
〔鹿児島県〕
あくまき*
 ちまきの一種。竹皮に糯米(もちごめ)を包み、灰汁(あく)に浸してゆでたもの。きな粉、黒糖蜜をつけて食べる。
いこ餅(いこもち)
 いりこ餅の略称。「いこも」ともいう。鹿児島市明石(あかし)屋創製の銘菓。糯米に粗い新粉、砂糖を加えて練り、蒸籠(せいろう)で蒸したものを臼(うす)で搗(つ)き、平たく伸ばしてつくる。独特の風味と歯ごたえがある。
軽羹(かるかん)
 鹿児島県特産のヤマイモを原料とした蒸し菓子。明石屋初代八島六兵衛が1854年(安政1)に創製したもので、名の示すとおり軽いあつものの淡い風味が特徴である。
木目羹(きもくかん)
 鹿児島市の銘菓。クスの木目(もくめ)になぞらえた太い棹物(さおもの)の蒸し羊かん。包丁の入れ方によってさまざまな木目模様が現れるおもしろさがある。
これ餅(これもち)
 米の粗粉、もち粉、小豆餡(あずきあん)、砂糖を混ぜ合わせ枠に入れて蒸したもの。高麗(これ)餅とも書く。朝鮮出兵に加わった島津義弘(よしひろ)が、県下に高麗(こうらい)人を居住させ献上させた菓子といわれ、慶事用に使われる。
春駒(はるこま)
 もち粉、粳(うるち)粉、黒糖、チョウセンニンジンの粉を混ぜて練り、太い棒状に蒸し上げた豪快な菓子。鹿児島市名物。ういろう餅の一種である。
ふくれ*
 小麦粉、黒糖、重曹をこねて蒸籠で蒸した蒸しパン。一般の家庭でつくっていたもので、膨れることから名づけられた素朴なもの。
文旦漬け(ぼんたんづけ)
 ミカン科のザボン(鹿児島ではボンタンという)の中皮の砂糖漬け。鹿児島市の文旦堂初代が明治の初めに創製した。
〔沖縄県〕
光餅(くんぺん)
 焼き菓子。小麦粉、砂糖、卵を練った皮にごま餡(あん)を包み、高温で焼き上げる。
金楚(ちんすこう)
 焼き菓子。米粉を蒸して、これに砂糖、ラードを加えてこね、焼き上げたもの。
汀沙餡(ていさーあん)
 焼き菓子。小麦粉、砂糖をラードだけでこね、ケシの実と丁子を入れたアズキの漉(こ)し餡をくるんで焼く。
天妃ぬ前まんじゅう(てんぴぬめーまんじゅう)
 航海神を祀(まつ)る天妃宮前(天妃小学校付近)で売られていたので、この名がある。薄皮に、ゆーぬく(湯の粉)と称する麦香煎(こうせん)に黒砂糖を混ぜて練った餡を入れ、蒸す。
なんとぅーみそ
 もち粉の粉に砂糖、みそ、ピーナッツ、ごま、フィファチ(香辛料)を混ぜて練り、アルピニア(月桃)の葉にのせて蒸したもの。昔は辻遊廓(つじゆうかく)の名物菓子。
ふちゃぎむち
 吹上餅(ふきあげもち)ともいう。旧8月15日の月見に神仏に供える菓子。細長い餅に小豆(あずき)をまぶしたもの。
山城まんじゅう(やまぐすくまんじゅう)
 首里(しゅり)の名物まんじゅう。首里の山城という家で100年以上前につくられたという。小麦粉の皮に小豆餡を入れたまんじゅうである。
李桃餅(りとうぺん)
 小麦粉をラードだけで練り、これを皮にしてごま餡を包んで焼く。ごま餡は、煎(い)りごま、キッパン(桔餅と書く。沖縄産のクネンボを砂糖漬けにしたもの)、ピーナッツバター、砂糖をよくもみ合わせて混ぜたもの。スモモの形をした中国的月餅(げっぺい)の一種。

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高橋留美子

[1957~ ]漫画家。新潟の生まれ。少年及び青年向けの漫画を描く女流の第一人者。コメディータッチのSFやスラップスティック、現代の若者の恋愛など多様なジャンルを描き、絶大な人気を得る。代表作「うる星...

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