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郷土菓子 きょうどがし

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

郷土菓子
きょうどがし

その土地の歴史、風俗、特産物などに関連して生まれた菓子。ひと口に郷土菓子といっても、その生い立ちはさまざまで、それぞれの菓子がはっきりと郷土菓子的な性格をもつのは、第二次世界大戦後の観光ブーム以降といえる。お国自慢の菓子、身びいきの菓子というものがあって、故郷に戻ったらあの菓子をと、思い入れするほどの菓子が郷土菓子である。しかし、この観光ブームに伴って有名菓子の大都会進出が行われ、たいていのデパートで買える菓子も多くなって、これらの菓子に郷土色が薄れていったことも確かである。[沢 史生]

郷土菓子の生い立ち


御用菓子
郷土菓子の派生は多様を極めているが、その一つには、将軍、藩主の御用菓子として発達し、今日に残っているものがあげられる。北海道江差町の五勝手屋羊羹(ごかってやようかん)、松前町の三浦屋煉(ねり)羊羹、青森県弘前(ひろさき)市大坂屋の冬夏(とうか)、岩手県一関(いちのせき)市の田村乃梅、秋田市の秋田諸越(もろこし)、群馬県館林(たてばやし)市の麦落雁(らくがん)、長野県小布施(おぶせ)町の栗(くり)羊羹、富山県小矢部(おやべ)市の薄氷(うすごおり)、石川県金沢市の長生殿、藤村(ふじむら)羊羹(現在は東京本郷)、名古屋市の上(あが)り羊羹、三重県松阪市の老伴(おいのとも)、兵庫県赤穂(あこう)市の志ほみ饅頭(まんじゅう)、和歌山市駿河屋(するがや)総本家の羊羹と本の字まんじゅう、島根県松江市の山川、福岡市博多(はかた)の鶏卵素麺(けいらんそうめん)、佐賀市の丸芳露(まるぼうろ)、熊本市の加勢以多(かせいた)、大分県竹田市の三笠野(みかさの)、鹿児島市の軽羹(かるかん)、木目羹(きもくかん)などがその例である。これらは献上品としての風格を保ち、朝廷御用の格式をもつ塩瀬(しおぜ)饅頭(東京)、虎屋(とらや)饅頭(京都)、道喜(どうき)ちまき(京都)などとともに、当初は庶民の口に入る菓子ではなかった。これらの菓子が一般大衆に親しまれるようになったのは、おおむね明治以降のことである。[沢 史生]
間食
しかし、庶民に菓子がなかったわけではない。餡(あん)に白砂糖が使えなくても、甘味には価の安い黒糖を用い、あるいは餡に塩を使って、間食のひとときを楽しんだのである。鹿児島県のふくれ、関西方面の丁稚(でっち)羊かん、伊那谷(いなだに)や木曽谷(きそだに)の御幣餅(ごへいもち)、群馬県前橋・沼田・埼玉県飯能(はんのう)の焼きまんじゅう、飛騨高山(ひだたかやま)(岐阜県)のみたらし団子、長野県や山口県萩(はぎ)市のお焼き、岩手県盛岡の南部煎餅(せんべい)、あるいは今日の宮城県仙台駄菓子に代表されるもろもろの駄菓子のたぐいがそれである。庶民の駄菓子は食して腹にたまることが一つの条件であった。[沢 史生]
名物
娯楽に乏しく、婦女子がむやみに他出できなかった昔は、祭り、縁日、あるいはおりに触れての寺社詣(もう)でが晴の日であった。有名な神社の社頭、仏閣の門前に由来縁起をうたう名物のうまい味が発達したのはそうした理由による。たとえば、宮城県塩竈(しおがま)神社のしおがま、栃木県の日光羊羹、東京浅草の芋ようかん、紅梅焼、切山椒(きりざんしょう)、富山県井波(いなみ)町(現、南砺(なんと)市)瑞泉寺(ずいせんじ)門前の御所落雁、長野県下諏訪(しもすわ)町の塩羊羹、愛知県熱田(あつた)神宮の藤(とう)団子、三重県伊勢(いせ)市の赤福餅、京都下鴨(しもがも)の賀茂御祖(みおや)神社のみたらし団子、京都・奈良の大仏餅、大阪市住吉大社のさつま焼、奈良県奈良市の火打焼、青丹(あおに)よし、吉野地方の葛(くず)菓子、和歌山県高野山(こうやさん)の槇の華(まきのはな)、岡山県の吉備(きび)団子、福岡県太宰府(だざいふ)天満宮の梅ヶ枝(うめがえ)餅など、その例は枚挙にいとまがない。
 社寺参拝には多少とも旅をしなければならない。旅人の休息する茶店が必要となり、道中名物として茶屋掛けから菓子が繁盛した。東海道では静岡県清水市(現静岡市)の追分(おいわけ)羊羹、静岡市の安倍川(あべかわ)餅、掛川(かけがわ)市佐夜(さよ)の中山の子育飴(こそだてあめ)、滋賀県草津市の姥(うば)が餅、鈴鹿山麓(すずかさんろく)の三重県亀山市関町の関乃戸、鎌倉街道では神奈川県鎌倉市長谷(はせ)、中山道(なかせんどう)では群馬・長野県境碓氷(うすい)峠の力餅、木曽谷のそば饅頭、埼玉県草加(そうか)市の草加煎餅、熊谷(くまがや)市の五家宝(ごかぼう)、奥州街道では宮城県白石(しろいし)市の足軽まんじゅうなどである。また、湯治客相手にはやったいわゆる鉱泉煎餅としては群馬県のいそべ煎餅、兵庫県城崎(きのさき)温泉や有馬(ありま)温泉の炭酸煎餅もある。[沢 史生]
特産物
その土地の特産品が郷土菓子を生んだ例は多い。菓子としては古典に属する丸柚餅子(まるゆべし)は長野県飯田(いいだ)地方、石川県輪島(わじま)市、岡山県高梁(たかはし)市、奈良県吉野地方でつくり伝えられた。今日では和菓子のなかでもっとも高価なものといえる。丸柚餅子と同様の古典菓子には巻柿(まきがき)がある。干し柿を藁(わら)で包み、藁縄で巻き上げる手法は能登(のと)ブリの保存法にもみられるが、今日に巻柿の仕法を伝えているのは、九州の大分県耶馬渓(やばけい)、徳島県美馬(みま)郡つるぎ町、飛騨地方などである。
 このほか特産物の菓子への移行は、鹿児島の文旦(ぼんたん)漬け(ザボン)、長崎のザボン漬け(ザボン)、大分市の柚煉(ゆねり)(ユズ)、山口県萩市の萩能薫(はぎのかおり)(ナツミカン)、広島市・大垣市の柿羊羹(カキ)、岐阜県中津川市の栗きんとん(クリ)、長野県小布施町の栗羊羹(クリ)、甲府市の月の雫(しずく)(ブドウ)、埼玉県川越(かわごえ)市の初雁城(はつかりじょう)(サツマイモ)、千葉県匝瑳(そうさ)市の初夢漬け(ナス)、宇都宮市の友志良賀(ともしらが)(かんぴょう)、水戸市・山形市ののし梅(ウメ)、秋田県の蕗(ふき)の砂糖漬け(フキ)、新潟市のありの実(ナシ)、長岡市の柿の種(米)、青森県弘前市のつがる野(リンゴ)などがあげられる。[沢 史生]
兵糧食
郷土菓子としての飴は数多いが、幕藩時代の飴が各藩の兵糧とされていた点も見落とせない。津軽藩(弘前)の津軽飴、会津藩の五郎兵衛飴、高田藩の高田飴、大聖寺(だいしょうじ)藩の吸坂(すいさか)飴、熊本藩の朝鮮飴などがそれである。これらはいずれも籠城(ろうじょう)に際しての兵糧食として重視された。籠城食、行軍食には高島(諏訪)藩の氷餅(こおりもち)、津山(岡山)藩の初雪、鹿児島藩のあくまき、春駒(はるこま)などもある。さらに、きな粉を水飴で製した洲浜(すはま)も携行食にされた菓子で、伊賀者や甲賀者が用いたとの説さえ伝えられている。[沢 史生]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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