昭和南海地震(読み)しょうわなんかいじしん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「昭和南海地震」の意味・わかりやすい解説

昭和南海地震
しょうわなんかいじしん

1946年12月21日4時19分頃,紀伊半島四国地方を中心に発生したマグニチュード(M)8.0の地震。震源断層の大きさは 80×120km2と推定されている。震央北緯 32°56′,東経 135°51′で,最大有感距離は約 750km。和歌山県,高知県,徳島県下の被害は大きく,死者・行方不明者は約 1400人,家屋全壊 1万1591棟,半壊 2万3487棟。太平洋側の海岸では 3~6.6mの津波が記録された。潮岬室戸岬などでは 50~130cmの隆起があり,高知市東部の約 15km2の地域が同程度沈降して,海面下に没した。南海トラフに面するこの地域は歴史的に巨大地震が頻発している(→南海トラフ地震)。

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