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智周 ちしゅう Zhi-zhou

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

智周
ちしゅう
Zhi-zhou

[生]総章1(668)
[没]開元11(723)
中国,唐の法相宗の第3祖。撲揚大師ともいう。法相宗を日本に伝えた智鳳,玄 昉 (げんぼう) は彼の門下である。著書『成唯識論演秘』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

智周 ちしゅう

1659-1743 江戸時代前期-中期の僧。
万治(まんじ)2年生まれ。天台宗。近江(おうみ)(滋賀県)芦浦観音寺の朝舜の弟子。比叡山(ひえいざん)瑞雲院,芦浦観音寺,江戸寛永寺明王院の住職となる。宝永6年薩摩(さつま)(鹿児島県)に仏日寺をひらいた。寛保(かんぽう)3年9月21日死去。85歳。近江出身。字(あざな)は徧詢。号は願王院。著作に「台宗二百題」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

智周
ちしゅう
(668―723)

中国、唐代の僧。中国法相(ほっそう)宗第三祖。生没年に異説があるほか、生涯の事跡についても不明な面が多い。俗姓は徐(じょ)氏。19歳で出家し、初め天台宗の学を修めたが、23歳のとき法相宗第二祖慧沼(えしょう)に師事して法相唯識(ゆいしき)を学び、のち濮陽(ぼくよう)(河南省)の報城寺に住して法相宗義の宣揚に努めたので、濮陽大師とも称せられる。著書には、唯識三箇(さんが)の疏(しょ)の一つに数えられる『成唯識論演秘(じょうゆいしきろんえんぴ)』のほか、『成唯識論掌中枢要記(しょうちゅうすようき)』『成唯識論了義燈記(りょうぎとうき)』『因明入正理論前記(いんみょうにっしょうりろんぜんき)』および『後記』などがある。智周没後、中国法相宗は急速に衰えたが、その伝統は、彼に就いて学んだ日本の智鳳(ちほう)、智鸞(ちらん)、智雄(ちゆう)、さらに玄(げんぼう)などによって伝えられ、南都六宗の一つとされた。[袴谷憲昭]

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