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暦象考成 れきしょうこうせいLi-xiang kao-cheng

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

暦象考成
れきしょうこうせい
Li-xiang kao-cheng

中国,清の天文暦学の勅撰書。前編 42巻 (上編 16巻,下編 10巻,表 16巻) ,後編 10巻。前編は梅こく成 (ばいこくせい。梅文鼎の孫) らの編集で,康煕 61 (1722) 年になり,後編はイエズス会士ケーグラー (戴進賢) らの編集で,乾隆7 (42) 年に成る。前編は明の『崇禎暦書』,清初の『西洋新暦書』の系統をひき,天動説をとり,後編は地動説による暦書。日本の寛政暦,幕末の天文暦学の研究に影響を与えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

れきしょうこうせい【暦象考成 Lì xiàng kǎo chéng】

中国訳されたヨーロッパ天文学の叢書。明末に中国に来たイエズス会宣教師アダムシャール(漢名,湯若望),それに中国人高官徐光啓らの努力でヨーロッパ天文学の諸成果の漢訳が行われ,1634年(崇禎7)に完成した。これが《崇禎暦書》であり,清朝になって公布された〈時憲暦〉の基礎となった。清朝の康熙帝の末年に少しく新資料を加え,中国人学者が中心になって《崇禎暦書》の再編が行われ,《暦象考成》上・下編ができた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

暦象考成
れきしょうこうせい

中国、清(しん)代の暦算書。『上下編』と『後編』の2種ある。『上下編』は何国宗(かこくそう)・梅穀成(ばいこくせい)により『西洋新法暦書』を再編したもので、清の康煕(こうき)帝の勅撰(ちょくせん)事業として編纂(へんさん)された。『律暦淵源(えんげん)』100巻の一部をなすもので、1723年刊行された。ティコ・ブラーエの学説とそれに基づく暦算を述べたものである。『上下編』で推算される清朝の「時憲暦」もしだいに微差を生じるようになり、清の高宗の勅命を受けてイエズス会士ケーグラー(中国名、戴進賢(たいしんけん))らが1742年に編纂した暦法書が『暦象考成後編』である。これではケプラーの楕円(だえん)運動説を太陽・月に取り入れたが、惑星にまでは及ばなかった。『暦象考成』は江戸時代、麻田剛立(ごうりゅう)一派の暦学者により研究され、ことに『後編』は麻田派の力を注いだものであり、「寛政(かんせい)暦」の基となった。[渡辺敏夫]

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