中国、宋(そう)代の文学者。字(あざな)は子固(しこ)。南豊(江西省)の人。南豊先生とよばれる。唐宋八大家の1人。1057年(嘉祐2)蘇軾(そしょく)とともに進士に及第したが、ときに蘇軾は22歳、彼は39歳であった。努力型の人で、文章も粘り強い議論を特色としている。序跋(じょばつ)や雑記などを得意とし、客観的な叙述に優れているのもそのためであろう。その文章は後人とくに清(しん)の桐城(とうじょう)派に大きな影響を与えた。官吏としては昇進も遅く、長い地方官生活のすえ、中央で史館修撰(しかんしゅうせん)・中書舎人(ちゅうしょしゃじん)となったのは60歳を過ぎてからであった。古今の篆刻(てんこく)を集めた『金石録』500巻、詩文集『元豊類稿(げんぽうるいこう)』50巻がある。もと続集と外集があったが、いまは伝わらない。
[横山伊勢雄]
『清水茂訳『新訂中国古典選20 唐宋八家文 下』(1966・朝日新聞社)』▽『横山伊勢雄訳『中国の古典31 唐宋八家文 下』(1983・学習研究社)』
〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...
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