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有司専制 ユウシセンセイ

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デジタル大辞泉の解説

ゆうし‐せんせい〔イウシ‐〕【有司専制】

官僚が独断的に事を取り計らうこと。明治初期、自由民権派が藩閥政府による専制的政治を非難したときに用いた語。

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大辞林 第三版の解説

ゆうしせんせい【有司専制】

一部官僚の独裁的な政治。明治初期、自由民権派が政府の藩閥的・専制的傾向を非難して用いた語。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

有司専制
ゆうしせんせい

初期の明治政府に対する反対派の呼称。維新政府は薩(さつ)長土肥出身者が実権を握り、さらに1873年(明治6)の征韓論の決裂以後は大久保利通(としみち)、木戸孝允(たかよし)、伊藤博文(ひろぶみ)、松方正義(まさよし)らの薩長閥が全権を掌握して、専制政治を行った。自由民権派は、このような事態を一握りの有司による専制とよび、有司専制が続く限り国家は崩壊するとして、その打倒を目ざして運動を展開していった。[後藤 靖]
『原口清著『日本近代国家の形成』(1968・岩波書店) ▽遠山茂樹著『日本近代史I』(1975・岩波書店)』

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世界大百科事典内の有司専制の言及

【大久保利通】より

…勢力挽回をはかって,10月12日,参議に返り咲くと,宮廷陰謀を駆使して西郷大使朝鮮派遣計画を葬り,留守政府派参議の追い出しに成功した(明治6年政変)。11月,初代内務卿を兼任,これ以後,いわゆる大久保独裁(有司専制)の時期に入った。74年,佐賀の乱鎮定の全権を帯び,つづいて台湾出兵の後始末のため全権弁理大臣となって北京に赴き,清国側全権との間に〈日清両国間互換条款及互換憑単〉を締結,その結果,日本の琉球領有が国際的に承認されることになった。…

【藩閥】より

… 明治6年10月の政変(1873)から明治14年の政変(1881)にいたる過程で,藩閥色は中央,地方ともに濃くなったが,この間,いわゆる征韓論の分裂や自由民権運動の展開と対応して,この藩閥色は薩長を中心に強められた。すなわち,木戸(1877),大久保(1878)の没後は,岩倉と結んだ伊藤および井上馨,山県有朋(ともに長州),西郷従道,黒田清隆,松方正義(以上,薩摩)らの薩長出身者によって政府は牛耳られ,自由民権運動はこれを〈有司専制〉と称して攻撃し,また,初期議会における民党も,この藩閥政府と対決しようとした。議会における民党の優勢に対し,藩閥政府は〈常に一定の方向を取り,超然として政党の外に立つ〉という,いわゆる超然主義を唱えた。…

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