日本大百科全書(ニッポニカ) 「村上隆」の意味・わかりやすい解説
村上隆
むらかみたかし
(1962― )
美術家。東京都生まれ。1986年(昭和61)東京芸術大学美術学部日本画科卒業。93年(平成5)同大学院美術研究科博士後期課程修了。アニメやマンガの表現と、日本の近世の絵画や彫刻表現の反写実的な造形性を統合した「スーパーフラット」という表現様式によって、90年代に国際的に評価された。
大学院在学中の91年に東京の細見画廊で行った「賛成の反対なのだ」と題された展覧会は、赤塚不二夫(ふじお)のマンガ『天才バカボン』のキャラクター「バカボンのパパ」が体現する「真実の曖昧さ」を媒介に、現代の日本の天皇制に潜む主体性や責任の所在の空洞化を批判する試みだった。マンガのキャラクターを実際より可愛く複写したものをレジン(合成樹脂)の皿にトレースし、それを日本画が天皇家に献上されるときの桐の箱を模した容器にいれてみせた展示と、色鮮やかなランドセルを並べた展示があり、後者の「ランドセル・プロジェクト」は、タテゴトアザラシ、カバなど、ワシントン条約に抵触するおそれのある動物の皮を使い、学習院御用達(ごようたし)のメーカーにランドセルをつくらせた。それにより条約自体の恣意性を強く意識させ、子供が背負うかばんにミリタリズムや政治的パワーゲームの要素が忍び込んでいることを暗示した。こうした「可愛いもの」を用いて、日本の天皇制が強制ではなく、搦手(からめて)から力を発揮する状況を映し出した。それは、日本の現実に適応したアプロプリエーション芸術だった。
91~92年の村上は、メディアの力を利用して、現代美術に観客の注意を引き寄せ、影響力を広げることを目指していた。92年に、東京・大森のギャラリー、レントゲン藝術研究所において、美術評論家椹木野衣(さわらぎのい)(1962― )の企画により行われたグループ展「アノーマリー」でそれは実現された。同展では、欧米から輸入された文化やテクノロジーの過剰な変形がもたらしたアニメやガジェット(小型機器)における日本独自の表現を自らの作品にとりこむ美術家ヤノベケンジ(1965― )、中原浩大(こうだい)(1961― )、伊藤ガビン(1963― )、村上などがとりあげられた。村上はそこで、8個の巨大なスタジアム・ライトを裏表両面につけた奇怪なオブジェをコンテナに入れた彫刻『シーブリーズ』を発表した。それは、ロケットの噴射口を下から眺めたものの立体化であり、ライトが発する光のぎらつきと熱は、芸術の追求で浪費されるエネルギーと、理性を超えて伝わる芸術の力を示していた。
94年の個展「明日はどっちだ」(SCAI the Bathhouse、東京)で、村上は「DOB(ドブ)」というキャラクターを初めて主要なモチーフとして使った。ミッキー・マウスを歪めたような形の「DOB」は、ディズニーの影響を変容しながら受け継ぐ日本のアニメーションや、現代美術の周縁で制作する村上自身の姿を暗示していた。以降村上は、アニメーションと日本の伝統絵画や彫刻に共通する平面性と装飾性を追求した。96年の個展(小山登美夫ギャラリー、東京)でDOBを日本古典絵画の意匠と合体させた絵画『727』、また98年、同ギャラリーでフィギュア制作会社海洋堂との共同制作によるオリジナル・フィギュア彫刻『Lonesome Cowboy』を発表した。99年にはカーネギー国際美術展(ピッツバーグ)でフイギュア彫刻『S. M. Pko2』の第1作品を発表する。この作品は戦闘機に変身する少女の3形態(人型、変身途中、戦闘機)を等身大のフィギュアにしたもので、平面であるアニメを立体に置き換える実験的3Dプロジェクトの集大成である。同年パルコ・ギャラリー(東京)で、村上の工房「ヒロポン・ファクトリー」(2001年にカイカイキキへに改名)出身の作家たちや、HIROMIX(1976― )のような若い写真家、町野変丸(まちのへんまる)(1969― )、弐瓶勉(にへいつとむ)(1971― )ら気鋭のマンガ家、ファッション・ブランド「20471120」などに村上と画家奈良美智(よしとも)を加え総勢20人のアーティストによる「スーパーフラット」展を企画した。この展覧会の一つの目的は、日本近世の絵画における「奇想」と呼ばれる、透視画法をいっさい使わず、装飾的にデフォルメされた形態、細密描写、平面性を強調した画面構成を通して、画面全体に視線を拡散させる独特な空間表現が、現代のアニメーション、マンガ、写真や絵画の表現においていかに独創的に生かされているかを示すことだった。
欧米文化の翻訳を主体とするハイ・カルチャーと、日本の近世の想像力の遊びを継承するアニメ文化の断絶という否定的な要素を、自らの芸術活動の契機として利用する村上の方法には、文化的に植民地化された土地の人々が、宗主国文化によってもたらされる思考方法や技術に修正を加えて、新しい思想的芸術的武器としていく「ハイブリッド」化の過程と似た発想が働いている。
そうした村上の活動は海外でも評価され、「パブリック・オファリング」展(2000、ロサンゼルス現代美術館)、「世界の先端に立つ絵画」展(同、ウォーカー・アート・センター、ミネアポリス)に参加。2000年ロサンゼルスのMOCAギャラリーで、アニメーター金田伊功(かなだよしのり)(1952― )を加えた「スーパーフラット」展(ミネアポリス、シアトルを巡回)、02年パリのカルチエ財団で「コロリアージュ」展を企画した。99年ニューヨークのバード・カレッジのキュラトリアル・スタディーズ美術館で初の回顧展「意味の無意味の意味」、2000年ボストン美術館、01年東京都現代美術館、02年ロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで個展を行った。
[松井みどり]
『『スーパーフラット』(2000・マドラ出版)』▽『椹木野衣著「美術というアノーマリー――横書きの現代美術」(「アノーマリー」展カタログ所収・1992・レントゲン藝術研究所)』▽『西原みん著「『どこまでがアートなのか』境界の拡大に挑む若手作家たち」(『SPA!』1994年10月26日号・扶桑社)』▽『Noi Sawaragi, Fumio NanjoDangerously Cute (in Flash Art, no.163, March-April 1992, Giancarlo Politi Editore, Milano)』▽『David RimanelliReview (in Art Forum, November 1999, Art Forum, New York)』▽『Roberta SmithReview (in New York Times, February 5, 1999, April 6, 2001)』▽『Amada Cruz, Dana Friis-Hansen, Midori MatsuiTakashi Murakami; The Meaning of the Nonsense of the Meaning (catalog, 1999, Harry N. Abrams, New York)』▽『Douglas Fogle et al.Painting at the Edge of the World (catalog, 2001, Walker Art Center, Minneapolis)』