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松岡譲 まつおか ゆずる

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

松岡譲

長岡市村松町生まれ。東京帝大で哲学を専攻。漱石から「越後哲学者」と呼ばれた。妻は夏目漱石の長女筆子。代表作には1920年代の「法城を護る人々」があり、ベストセラーとなった。 井上靖に影響を与えたとされる「敦煌物語」、「漱石の思ひ出」(筆録)など。

(2015-08-14 朝日新聞 朝刊 新潟全県・2地方)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松岡譲 まつおか-ゆずる

1891-1969 大正-昭和時代の小説家,随筆家。
明治24年9月28日生まれ。東京帝大在学中に芥川竜之介(あくたがわ-りゅうのすけ),久米正雄らと第4次「新思潮」を創刊。夏目漱石(そうせき)の娘筆子との結婚で久米と確執を生じ,一時筆をたった。のち「法城を護(まも)る人々」がベストセラーとなる。昭和44年7月22日死去。77歳。新潟県出身。本名は善譲(ぜんじょう)。著作はほかに「漱石先生」「漱石の漢詩」。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松岡譲
まつおかゆずる

[生]1891.9.28. 新潟,石坂
[没]1969.7.22. 新潟
小説家。本名,善譲。第一高等学校を経て 1917年東京大学哲学科卒業。一高時代から芥川龍之介,久米正雄,菊池寛,山本有三らと親交があり,東大在学中,第3次,第4次『新思潮』に参加。夏目漱石門下の逸材として『法城を護る人々』 (1923~26) ,『憂鬱な愛人』 (27~31) ,『敦煌物語』 (38) などを書いた。ほかに『漱石先生』 (34) ,『漱石の漢詩』 (46) などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

松岡譲
まつおかゆずる
(1891―1969)

小説家、随筆家。新潟県古志(こし)郡石坂村(現長岡市)に生まれる。東京帝国大学哲学科卒業。在学中、夏目漱石(そうせき)の門下生となり、『新思潮』同人としていくつかの習作を発表する。漱石没後、長女筆子と結婚、一時創作の筆を絶つが、長編『法城を護(まも)る人々』(1923)で復帰し、作家としての地位を確立する。小説には『モナ・リザ』(1921)、『敦煌(とんこう)物語』(1943)など再評価に値する作があり、ほかに『漱石先生』(1934)、『ああ漱石山房』など、漱石に関する随筆・評論の類の著作が多い。しかし、文壇的には終生不遇で、世に認められなかった。[関口安義]
『『法城を護る人々』全三巻(1981~82・法蔵館) ▽『敦煌物語』(講談社学術文庫)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の松岡譲の言及

【夏目漱石】より

…そして漱石を慕って家に出入りする小宮豊隆,森田草平,鈴木三重吉ら教え子を中心とする弟子たちのために木曜日を面会日とした。いわゆる木曜会は06年に始まり,漱石の死の直前まで続き,晩年には芥川竜之介,久米正雄,松岡譲らが加わった。 07年漱石はいっさいの教職を辞めて東京朝日新聞社に入社し,職業作家になった。…

※「松岡譲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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